box of chocolates
 しばらくの間、抱きしめてくれていた貴大くんが突然、私から離れた。
「これ以上、一緒にいると、別れられなくなるから帰るね」
 私は、貴大くんの手を掴んだ。
「じゃあ、意地でもこの手を離さない。そうしたら、別れないで済むでしょう?」
 自分でも子どもみたいだな、と思いながら。でも、そうでもしないと貴大くんは行ってしまう。
「杏ちゃん」
 そんな私に、貴大くんは冷たい視線を送った。きつい口調で、私の名前を呼んだ。そんな貴大くんは見たことがなくて、怯えて自分から手を離した。
「さよなら」
 呼び止めたくても、声が出ない。言葉にできない。ただ、車に乗り込むその姿を、見送ることしかできなかった。最後に見た横顔。大きくて綺麗な目から、大粒の涙がこぼれ落ちたのが見えた。
軽自動車は、夜の闇に溶け込んで、私は、その場に座りこんだ。



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