box of chocolates
「やっ、八潮さん!」
 私は、助けを求めるような視線を投げかけた。まだ、心の準備ができていなかった。その目を見て何かを察したのか、八潮さんは私から離れた。
『連れ去ったりしないから、ご心配なく』
 八潮さんは、そう言ったはず。それなのに、シートベルトを着けると、車は走り出した。地元の隣の駅を過ぎ、駅前からそう遠くはないところで止まった。駐車場には『ダンデライオン専用駐車場』と書かれてあった。二号店は二階建てで、二階はカフェになっていた。誰もいない店内に足を踏み入れると、足音がコツコツ、暗い店内に響いた。ショーケースの奥に進むと厨房があり、さらに奥にはドアが見えた。八潮さんは、ドアの向こうに私を案内した。そこは、ベッドルームだった。
「新作を考える時に、ここに寝泊まりすることもあるんだ」
 八潮さんがベッドに腰をかけた。私は、ドアの近くに立ち尽くしたまま、動けなかった。
「杏、ここに座って」
 八潮さんに誘われたけれど、足がすくんだ。
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