box of chocolates
動こうとしない私に、八潮さんのほうから歩み寄った。ギュッと手を握られると、金縛りにあったかのように固まってしまった。
「杏」
 名前を呼んで、耳にそっと息を吹きかけると、耳朶を舐められた。
「いやっ!」
 ゾクッとして、目を閉じた。強引に抱きしめられると、八潮さんが身に纏う爽やかな香水の香りを、ぐっと近くに感じた。

「少しだけ、杏との時間を楽しみたいんだ」

 このままでは、あっさりとバージンまで奪われてしまう。逃げ出したいけれど、逃れられない。それは、彼を好きだから。逃げ出したいのは、もっと彼を知ってから、彼に知ってもらってから、バージンを捧げたいから。

 でも、私のその想いは口にする間もなく、ベッドへと誘われていた。彼の熟れた舌使いが、私を大人の階段へと誘い出す。声をあげそうになり、思わず手で口を覆った。彼はその手を握り、ベッドに押し付けて私にキスをすると、もっと声を聞かせてほしいと言った。私は、どうすることもできず、彼に身を委ねるようにして、ふたたび目を閉じた。


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