box of chocolates
「私を手放しても、代わりはいるでしょ?」
「いないよ。杏みたいに甘くとろける体は」
「髪の長い女性は、とろけない体なの?」
 私はそう言って、長い髪をつまんで見せた。八潮さんは、顔色ひとつ変えずに「そうだね」と言った。私の顔色が変わった。
「『そうだね』って、あっさり認めるの? 私以外の女を、ここで抱いたこと」
「嘘はつきたくないからね」
「その女が本命なの? 私は、遊び?」

 一年前の私と、今の私。一年前の私は八潮さんが好きで、好きだと言われて舞い上がっていた。今の私は、八潮さんが好きなのかどうなのかわからなくなっていた。でも、離れられなかった。だから今日、遊びなら遊びとはっきり言って欲しかった。
「本命も遊びもないよ。オレは、どちらも本気で好きだ」
「言っている意味がわからない! 二股、かけてるってこと?」
「二股? とんでもない。オレは、誰とも交際していないからね」
 八潮さんは、オーバーに手を振りながら、それこそとんでもない台詞を言い放った。顔色ひとつ変えず、悪びれることもなく、私の目を見て、そう言った。私はショックを通り過ぎて、声も涙も出なかった。

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