box of chocolates
「川越さん、お疲れ様」
 帰り間際、八潮さんに声をかけられた。
「お疲れ様です」
「二十一時にいつものところで」
 八潮さんがボソッとそう言った。
「今夜は、ちょっと」
「店長命令。ミーティングだからね」
 店長命令。そんな風に言われたら。ミーティングと言うならば、今夜こそ、私の気持ちを話そう。そう思っていた。

 二十一時になり、予定通り『ミーティングのために』店を訪れた。店内に入っていくと、厨房に灯りが点いていたから、そっと覗いて声をかけた。八潮さんは、来年に向けて、ケーキのクリームの開発に努めていた。
「お疲れ様。ちょっと試食してもらえないかな」
そう言われた私は、手を洗って、八潮さんに近付いた。
「あの、どれを試食すれば?」
「コレ。舌で味わってみて?」
 スプーンにタップリとついたクリームを渡され、口に運ぶ。完全に油断していた。その隙をつかれ、クリームのついた唇を奪われた。クリームを味わうはずの舌は、彼の舌と絡まりあい、味がわからなくなった。唇を離してから、八潮さんが長いため息をついた。
「また違った味がする」
 八潮さんは、仕事でストレスがたまると、女性を抱きたくなるのだろうか。 そんな気がした。



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