box of chocolates
「八潮さん! 離して下さい!」
 関係者でごった返す中、逆流して進む八潮さんに小声で抵抗した。
「ジタバタしないの」
「ジタバタしますよ! 私は、戸田さんの応援に来たんです! ミユキヒルメのことは、さっき知ったばかりなんですから」
 人ごみを抜けてから、八潮さんは急に立ち止まって、振り返った。
「戸田さんは友達なんだろ? 別に、どう思われてもいいんじゃないの?」
「だからって、婚約者だなんて。ウソをつく必要はないでしょう?」
 反論する私の肩をグッと掴むと、鋭い視線を向けられた。
「だって、戸田さんに杏をとられたくなかったから」
「またそんなこと。吉川さんがいるじゃないですか」
 鋭い視線を避けるように、プイと横を向いた。「杏は、オレより戸田さんが好きなのか?」
 戸田さんが好き、か? 杏は、戸田さんが好きなの? 自分に問いかける。友達としては、好き。だけど、友達以上に発展するのが怖かった。目の前にいる八潮さんのように、体だけが目当てだったとしたら? 付き合い始めたとたん、会うたびに体を求められて、抱き合うだけの関係になったら? それが嫌だった。私のすべてを愛してくれて、その一部にセックスがあるのなら、それは構わないのだけれど。
「ねぇ、杏、応えてよ」




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