box of chocolates
 函館のご当地バーガーが有名な店に行った。店内は個性的な内装で、まるで遊園地を思わせるような感じだ。どれも美味しそうなメニューばかりで、初めて来た私は、店で一番人気のハンバーガーにした。
「八潮さんと婚約、しているの?」
 戸田さんが突然、口を開いたかと思うと、飲んでいた水を噴き出しそうな質問をしてきた。
「しているわけがない。ほら、指輪もないし」
 左手を広げてみせた。
「……じゃあ、付き合っているんだ?」
「付き合っていません」
「……それってさ、川越さんが付き合っていないと思っているだけで。八潮さんからすれば、恋人だと思っているんじゃないの?」
「そんなこと……」
 あるはずがない。元々、私が付き合っていると思っていたら『誰とも交際していない』と言われたのに。
「……だったら、どうして『手を出すな』とか言うのかな?」
「……あの人は何を考えているのか、さっぱりわからないよ。パティシエとしては尊敬できるけどね」
「……そうなんだ? じゃあ、彼女でもなければ婚約者でもない?」
「うん」
 私が力強く応えると、先ほどまで固かった戸田さんの表情が緩んだ。
「でも、あんなイケメンに『婚約者』なんて言われたら、嬉しくない?」
「……なんだかバカにされている気分。それに、美人の彼女がいるんだよ」
 八潮さんは『誰とも交際していない』って言っていたけれど、実質、吉川さんが彼女みたいなものだ。
「彼女がいるのに、あんなことを言うんだ?」
「何を考えているのか、わからないでしょ?」
「……たしかに」
 そのうち、注文したハンバーガーがテーブルに運ばれた。つい、スマホを向けてしまう。
「今日も、『最終レースで戸田さんが負けたら、一緒に食事に行こう』って。戸田さんが勝ってくれて良かったよ」
 ブツブツ言いながら、ハンバーガーの写真を撮る。美味しそう、早く食べたい。
「やっぱり、川越さんのことが好きなんじゃないの?」
 食欲が一気に失せるようなひと言。八潮さんが好きなのは、私とのセックスだけ。なんだか虚しくなった。私が黙ると、戸田さんも黙ってしまった。

< 76 / 184 >

この作品をシェア

pagetop