わたしから、プロポーズ
結局、瞬爾に事の真偽を確かめられないまま、時間がしばらく過ぎていった。
職場で顔を合わせても、事務的な会話以外は無く、普段と変わった様子もない。
素っ気ない瞬爾を見ていると、やっぱりキスは夢だったのかもしれないと思ったのだった。
そして今日、運命の辞令の日。
『(現) 営業一課 課長 伊藤瞬爾 (新) ロンドン支社 現地法人営業部 部長』
瞬爾の正式な海外赴任が発表されたのだった。
「すごいじゃない!海外赴任に加えて、部長に昇進なんて」
遙は辞令に興奮気味だ。
「本当ね。良かった•••」
だけど私はというと、意外と冷静にそれを受け止めている。
大方の予想は出来ていたからか、そんなに驚く程ではなかった。
「で?莉緒はどうするつもり?課長には一つ、結果が出たけど」
「うん。もう考えているから。瞬爾が海外に行こうと行くまいと、私には決めていた事があるの」
決意はもう揺るがない。
その意気込みだけは伝わったのだろうか。
遥は笑みを浮かべると、もう何も聞いてこなかった。
そして、お互いデスクに戻った時、
「坂下、ちょっといいか?」
寿史さんが声をかけてきたのだった。
「はい、大丈夫です」
やっぱりきた。
寿史さんに連れられて会議室に入るとすぐに、戸惑いの表情を向けられた。
「坂下、部長から聞いたよ。辞めるって本当なのか?」
「本当です。寿史さんには、何の相談もしないでごめんなさい」
相談をしなかったのは、引き止められても辞めるつもりだったから。
決心が変わる事はないから、あえて相談をしなかったのだ。
「相談をしてもらえなかったのは、ショックだったけどな。それより、理由は何なんだ?瞬爾と結婚をする感じでもないし。せっかく、一つ大仕事を終えて評価をされたのに、もったいないじゃないか」
「ありがとうございます。だけど、決めたので。私、ようやく大事なものに気付けました。その為に辞めるんです」
戸惑いを捨てきれない様子の寿史さんに会釈をすると、部屋を出る。
最後に一つ、やり残している事があるのだ。
それにケリをつけなければならない。
ジャケットの襟を正すと、颯爽と歩いたのだった。