イジワル同期の恋の手ほどき
お互いにほろ酔い気分で店を出た後、宇佐原がもうひとつ行く場所があると立ち寄ったのは書店だった。
何を買うのかと後をついて歩くと、宇佐原が料理本の棚で立ち止まった。
私は不思議に思い、宇佐原に尋ねた。
「宇佐原、料理始めるの?」
「バーカ、おまえのために買うんだよ」
言われている意味がわからず、きょとんとしていると、宇佐原が手に取ったのはお弁当のレシピ本だった。
「ほら、これとかどうだ?」
宇佐原が手渡してくるのは、『かんたんお弁当のおかず』とか、『短時間でできるお弁当』とか、『失敗しないお弁当レシピ』とかそんな本ばかり。
「私の料理のレベルも知らないくせに」とくってかかったが、上級者向けのお弁当本を手に取り、パラパラと中身を見て黙って棚に戻す。
「ほら、見ろ。おまえにはこっちで正解だろ?」
初心者向けの本を手渡しながら、クククと笑う宇佐原が憎たらしい。
「別に無理して凝ったおかず作らなくていいんだぞ、まぁ、食べられたら文句はないかな」
「なんか、すっごくバカにしてるでしょ」
「いいや、全然」
そう言いながらも、宇佐原は笑いをこらえている。
宇佐原の手にある二冊をレジに持って行こうとすると、すばやく奪い取られる。
「おっと、これは先生から生徒へのプレゼントにするわ」
「先生なんてよく言えるよね。ただ、食べるだけでしょ?」
「おいおい、料理評論には、それなりに経験がいるんだぞ」
「はいはい、わかりました。お弁当評論家様」
宇佐原は本当に楽しそうに笑いながら、レジに向かう。
家に帰ってから、包みを解いてみて、さらに絶句することになる。
『彼に喜ばれるお弁当100』
『彼を振り向かせるためのお弁当レシピ』
「なにこれ」
思わずつぶやく。
いったいいつの間にこの本にすり替えたのか、こんないたずらを仕掛ける宇佐原がおかしくて、一人で笑ってしまうのだった。
【お弁当評論家様、私にピッタリの本を選んでくれてありがとう】
待ち合わせの約束以外ではめったにしないメールを宇佐原に送る。
【その二冊が一番おいしそうだったから、選んだだけだ byお弁当評論家】
負けじと返信を送る。
【評論家と名乗れるのはお金を稼いでからです】
【だったら金取ることにするわ。指導料一回、千円な】
【参りました! ボランティアでお願いします】
【同期のよしみで特別にタダにしてやるよ。おかずに悩みすぎて、徹夜するなよ】
よし、明日材料買いに行こう。気合いを入れて、いよいよ週明けのお弁当に向けて、作りたいおかずのリストアップを始めるのだった。