イジワル同期の恋の手ほどき

その日の夜、宇佐原から呼び出しがかかる。
まだ、ほうじ茶は残っているのだけど、なにか話でもあるのかなと、いつもの個室居酒屋に立ち寄る。

「で、なんの話だったんだ、林野課長」

「ああ、出張だって。でも、どうしよう、泉田さんとなんて、緊張するよ」

そう言った瞬間、宇佐原の顔がこわばる。

「泉田さんと行くのか?」

「そうなの、ローカル線の列車旅、楽しみだなあ。お天気だといいのになあ」

うっとりと夢見心地でいると、宇佐原はいつになくイライラとしていた。

「今なら、栗のおいしい季節よね。栗のお菓子とか売ってるかな。なんか、デートみたい、ふふ」

「仕事だろ」

宇佐原の冷ややかな声。

「わかってるけど、その道中くらい、いいじゃない夢みても」

顔がにやけるのを止められない。

「そうだ、お土産なにがいい?」

うきうきした気分で聞くと、宇佐原はどんどんトーンダウンしていく。

「お土産なんかいらない」

「宇佐原、どうかした? そっか、今日はなにか話あったんだよね、ごめん、自分のことばっかり話して」

「いや、別に話なんてないから」

「でも、それで今日誘ったんじゃないの?」

きょとんとすると、宇佐原はますます不機嫌になる。

「理由がないと誘ったらいけないのか」

怒ったように言われ、さすがに、ただならぬ雰囲気を感じて、とっさに謝った。

「ごめん、なんか私、浮かれてて」

「悪い、俺、ちょっと用事思い出したから帰るわ」

「えっ、まだきてない料理あるけど」

「おまえひとりで食べといて。これ支払いな」

机の上にポンと五千円札を置いて、宇佐原が席を立つ。

「ちょっと、待ってよ」

慌てて鞄を持ち、支払いを済ませて、宇佐原を追いかける。

「ねえ、宇佐原。いったい、どうしたのよ」

やっと追いついて、掴んだ腕を宇佐原が振り払う。

「別に」

「だって、怒ってるでしょ。私、鈍いからちゃんと言ってくれないとわからないよ。なにか気に障ることした?」

宇佐原は詰まりながら言う。

「いや、仕事でちょっとあって。完全な八つ当たりだ、許してくれ」

そう言って頭をかく宇佐原は、なにかもっと別のことを言いたそうに見えた。

「いつもいろいろ聞いてもらってるから、今日はとことん付き合うよ。ねっ、もう一軒いこ」

宇佐原の腕を引っ張って歩こうとして、再び静かに振り払われる。

「今日は帰るわ。呼び出したのに悪かったな」

その場にぽつんと置き去りにされ、わけが分からず、しばらく呆然と立っていた。
こんな宇佐原は今まで見たことがなかった。
いったいどうしたんだろう、無理に聞きだすつもりはないけど、やっぱり心配だった。
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