イジワル同期の恋の手ほどき
次の日、宇佐原の様子はいつも通りに戻っていて、ほっとする。
昨日は本当にどうしたんだろう、でもなぜか、そのことには触れない方がいい気がして、黙っていた。
お昼前、出先から戻った泉田さんがいつになく語気を荒らげてなにか言っていたので、思わず入力の手を止めて、顔を上げた。
「月曜日は出張ってちゃんとスケジュール表に書いてあったよね。なんで、アポ入れたの?」
「先方がどうしても月曜日でないと都合がつかないとおっしゃったので」
説明している小柄な女性社員がうなだれている。
「別の人間でも良かったんじゃないの」
「泉田さんに来てほしいと、担当者が強くおっしゃったのです」
「はーっ」
大きなため息をついて、泉田さんにしては珍しく、不機嫌を隠そうともせずに、そのまま課長席に向かって事情を説明している。
周りのみんなも何事かと事態を見守っていた。
先ほど泉田さんと話していた女性社員は泣きそうな顔をしていて、それを同僚たちが慰めていた。
「珍しいね、泉田さんがあんなに感情をあらわにするのって。どうしたんだろ?」
月世が端末の横からささやく。
「さあ?」
そんなことを言い合っていると、宇佐原が目で合図を送ってくる。
廊下に出ると、宇佐原がぼそぼそと告げた。
「月曜日の出張、俺が行くことになった。泉田さんにはずせないアポが入ってな」
「ええっ、そうだったの」
がっかりして、つい口がへの字になる。
仕事なのだからもちろん仕方のないことだけど、ものすごく残念だ。
「悪いな俺が同行者で、あんなに楽しみにしてたのにな」
いつになく元気のない宇佐原が寂しそうに言うので、笑顔で肩を叩く。
「じゃあ、お詫びに名産の牛肉、おごってよね」
「はっ、おまえ、調子に乗るなよ」
やっといつもの宇佐原のペースが戻ってきたみたいで、うれしくなる。
やっぱり、こうでないとおもしろくない。
「もっと落ち込んでるのかと思ったけど、色気より食い気か?」
「失礼ね、そこは切り替えが速いとか、ポジティブシンキングとか、褒めるところでしょ」
「自分で言ってりゃ世話ないな」
アハハハハ、ふたりで声をそろえて笑っていた。
そんな様子を、泉田さんが廊下の端から見ていたらしく、宇佐原がオフイスに戻ると、近づいてくる。
「木津さん、もう聞いたみたいだけど、月曜日の出張、一緒に行けなくなった」
なんでも、泉田さんの代わりに宇佐原が行くことになったのは大抜擢だったらしい。
先方との顔つなぎの意味もあるので、営業一課はそれなりのポストの人間が選ばれることになっている。
その話を聞いて、私は思わずにやけた。
同期の活躍は自分のことみたいにうれしい。
「はい」
「でも、宇佐原と行く方が良かったみたいだね」
珍しく意地悪な口調で泉田さんが言う。
「えっ、いえ、気心知れてるから、ただ楽ってだけですよ」
慌てて否定すると、泉田さんが皮肉っぽく笑った。
「そうかな」
「お土産、買ってきますね」
「ああ、楽しみにしてる」
やっと少し笑顔になって、泉田さんが去っていく。