イジワル同期の恋の手ほどき
月曜日、いつもより一時間早い電車で待ち合わせ、あくびをかみ殺しながら、ターミナル駅へ向かった。
七時十三分発の普通に乗車し、一時間の車内は、ふたりともうつらうつらと居眠りを止められなかった。
目的地は駅からタクシーで十分ほどのオフィスだった。
一年に何回か系列会社の視察を兼ねて親交を深めるために社員が派遣される。
たいていは宇佐原と泉田さんのいる営業一課が管轄だが、たまに人員が足りないと私たちのいる営業二課にも出張が回ってくることがある。
午前中いっぱいのスケジュールをこなし、この日の任務から解放された私たちは、そば屋で散策マップを広げていた。
「とくに行きたいところないなら、神社に行かないか」
「うん、行く」
昔から神社仏閣が好きで観光地で見かけたら必ず立ち寄ることにしている。
「ここ、パワースポットらしいぞ」
あまりにも宇佐原に似合わなすぎて、ぷっと噴き出す。
「宇佐原って、そういうの信じないのかと思ってたけど」
「たまには、神頼みしたくなることもあるんだよ」
宇佐原がつぶやくから、思わず目を見開いた。
「なにか仕事でトラブルとか?」
「いや、どちらかというとプライベートかな」
まだ質問を重ねそうな気配を察知したのか、宇佐原が話題を変える。
「待ってるお客さんいるから、早く食え」
ちょっと気になったけれど、宇佐原があまり言いたくなさそうなので、それ以上は聞かないでおいた。
プライベートで神頼みって、いったいなんだろう?
店を出て、十分ほど歩くとすっかり風景が一変する。
高い建物がなくなり、畑や緑がいっぱいのどこか懐かしくなる風景。
澄み渡る秋の空がどこまでも広がっていて、トンビがピーヒョロロと鳴いていた。
道を歩いている人は誰もいなかった。空気がおいしい。
「いいよねえ、ほっとするな、こういうの」
「ああ、俺も、人ごみ苦手だから」
さらに何百メートルか歩いて行くと、こんもりと緑の生い茂る場所に出た。
「ここだ」
小さな鳥居の前で宇佐原が立ち止まる。
境内に入ると、さわさわと秋風が通り抜け、鬱蒼と茂る木々の葉が音を立てて揺れる。
昼下がりの小さな社には参拝客は誰もいなかった。
観光名所になるような有名な神社ではないけれど、きちんと手入れがされていて、清々しい。
人があまり来ないせいか、辺りには不思議な空気が漂っていた。
黙って参拝を済ませ、鳥居をくぐって、ほーっと息をついた。
さっき感じたあの感覚はなんだったんだろう。
「宇佐原、神隠しってあると思う? 私ね、さっき、あのまま、違う世界につながりそうな気がした」
「ああ、俺も」
「一人だと怖いけど、宇佐原となら違う世界に連れていかれてもいいかなって、ちょっとだけ思った」
宇佐原が目を大きく見開いてつぶやいた。
「帰って来られるならな」
「霊感とかないけど、たまに神社であきらかに違う空気を感じることがあるの。うまく説明できないけど、それがスピリチュアルなのかなって」
「なんか、ぞわぞわと鳥肌立ちそうなあの感覚、初めてだった。もしかして、おまえとだから感じられたのかな」
まただ、さっきから宇佐原がじっと見つめるから、その大きな瞳に吸い込まれそうになる。
「なあ、俺とで悪かったな、今日。せっかく、泉田さんと近づけるチャンスだったのにな」
「やっぱり、ご縁がないのかな泉田さんとは」
ぽつりとつぶやいてから、どこか寂しそうな宇佐原を見て、優しく微笑んだ。
「あっ、でも、宇佐原と来られて、私はうれしかったよ」
思いがけないことを聞いたように、宇佐原が目を見張る。
「えっ」
「だって、泉田さんだとドキドキしすぎて、変に意識して緊張するから。宇佐原だと気心知れてるし、なんにも気を使わなくていいもんね」
宇佐原がため息をついて、私のおでこをこづく。
「少しくらい、気ぃ、使えよ、俺にも」
「あっ、ごめん、変な意味じゃないよ。宇佐原といると、ほっとするんだ。私の一番の理解者だし」
そう言って微笑むと、宇佐原はなんとも言えない表情になる。
「俺はもっと知りたいって思ってるよ、おまえのこと」
「あはは、そんなこと言われても、たいていのことはもう話しちゃったし、宇佐原に秘密にしてることなんてないよ」
宇佐原はなにも言わずにふっと笑った。