イジワル同期の恋の手ほどき
夕食は宇佐原が予約したご当地牛の店に入った。
カウンター席で、目の前の鉄板で焼かれるステーキをふたりで堪能しながら、宇佐原が言う。
「今回のこと、仕組まれてたって気づいてるか?」
「なんのこと?」
口いっぱいに牛肉を頬張りながら首をかしげる。
「泉田さんに急なアポが入っただろ、あれ、わざとだ」
「わざとって、どういう意味?」と眉を寄せる。
「電話を取った女子たちが巧みに誘導して、今日の出張にぶつけたらしい」
「えっ? だって、先方の都合なんでしょ?」
「おまえと泉田さんを一緒に行かせたくなかったからに決まってるだろ」
呆然としてしまう、そんなふうに仕事を個人の思いで利用する人がいることが信じられなくて。
「ショック受けるだろうから、黙ってるつもりだったけど、ほかから聞くよりはいいと思って」
「うん、ちょっと混乱してる。えっとつまりは、妨害されたということなのよね」
「そうだ。これから先、もっとひどいことが起こるかもしれない。泉田さんはみんなが狙ってる男だからな」
「私、どうしよう、自信ない。誰かと取り合うなんて、柄じゃないし」
急に弱気になっていると、宇佐原が慌てて付け加える。
「おまえにあきらめさせるために言ったんじゃないぞ、それなりに覚悟が必要という話だ」
「うん、良かったのかもこれで。今日、泉田さんと来てたら、もっと大変なことになってたかもね」
「ああ、女の嫉妬は恐ろしいからな」
「あれ? もしかして、宇佐原、なんかそんな経験あるの? 聞きたい、その話」
からかい半分に聞く。
「バカ言え、俺はそんな恨みを買うような真似はしません」
宇佐原がきっぱりと言う。
「そうだね、宇佐原はどんな時でも、清々しいくらいにまっすぐだもんね」
宇佐原が一瞬、なにか言いたげにこちらを見た。
「よし、嫌なことは飲んで忘れよう」
私は生中をぐびぐび飲み干す。
「おまえのさあ、そういうところ、ほんと尊敬するわ」
宇佐原が苦笑いしている。
「でもさあ、宇佐原は妨害されるほど、愛されてなくて残念だったね」
「どういう意味だよ」
「だって、ほんとに人気あるなら、宇佐原とも出張来られてないよね」
「うるさいわ」
「宇佐原はこんなにいい男なのに、なんで彼女できないのかな。よく声掛けられてるでしょ。もしかして、理想が高いの?」
頬杖をついて言うと、宇佐原が珍しく視線を逸らした。
「俺、人間性でしか選ばないから」
「もう少しさあ、その強面をやめて、優しく微笑んでみたら、うまくいくと思うんだけどな」
そう言って、私が頬をなでると、宇佐原がすっと顔を引く。
「やめろ、よけいなお世話だ」
宇佐原はジョッキをぐっと傾けた。
宇佐原の顔がやけに赤いのは酔っぱらっているせいなの?
帰りの電車に乗り込むと、さっきの神社で買ったお守りをさっそく鞄につけて、顔を見合わせて笑う。
お互いに恋人に恵まれないからと、縁結びのお守りを色違いで買ったのだ。
「今日の報告書、頼むな」
「うん」
私たち営業二課の人間が出張に同行する理由はこれ。
「俺、おまえとペアで良かったわ」
「えっ?」
「おまえの報告書は漏れがないし、まとめ方もわかりやすいからな。記名見なくても、記録者はすぐわかるよ、おまえの作った資料なら」
今日のミーティングの資料を見ていた宇佐原が顔を上げて笑った。
「それは、ありがと」
思いも寄らない評価を得て、照れてしまう。宇佐原はこうやってストレートに人を褒めるのがうまい。
相手のいいところを見るからなんだといつも思う。
窓の外は漆黒の闇。
駅の近くに民家がないような地域を走っている路線なので、停車する度に秋の虫の声が聞こえる。
ノートを見返しているうちに、強烈な眠気が襲ってきた。
居眠りを始めると、宇佐原がそっと私の頭を自分の肩に引き寄せる。
「肩にもたれていいぞ」
「うん、ありがとう」
頭の上にふわりと重ねられた宇佐原の頭のぬくもりと微かな重みが心地よくて、その後は終点に着くまでふたりで熟睡した。