イジワル同期の恋の手ほどき
出張の次の日、まっすぐに泉田さんの席に向かう。
「おはようございます。昨日は出張に一緒に行けなくて残念でした。あの、これ、お土産です」
手渡したのは地酒一号サイズの三本セット。
「おはよう、わざわざありがとう。開けてもいい?」
「はい、どうぞ」
期待でドキドキしながら待っていると、泉田さんが紙袋の中を覗くなり、噴き出した。
「え、まさか、日本酒? こんなお土産女の子からもらったの、初めてだよ」
周りの女性社員たちもクスクス笑い始める。
「会社にお酒はないよね」
「おやじみたい」
ひそひそと聞こえるように言われて、真っ赤になる。
「ごめんなさい、私、ほんとに気が利かなくて。日本酒、お好きだと聞いたので」
「いや、好きだけどさ。こんなに堂々と職場で渡されるとびっくりするよ」
すっかり恥ずかしくなって、そのまま自分で引き取ろうとした時、宇佐原が横から取り上げる。
「じゃあ、俺が代わりにもらうわ」
「えっ、あっ、なんで?」
「木津が一生懸命、時間かけて選んでたの見てたから。何軒も土産物屋回ったよなあ。それに、これうまかったから、また飲みたいって思ってた銘柄だし。そうだ、今夜、おまえんちにこれ持って飲みに行ってもいい?」
泉田さんの前ということも忘れて、私は宇佐原に食ってかかっていた。
「ダメに決まってるでしょ。て言うか、早くしまってよ」
だいたい、私の家に来たことなんてないのに、いつも来てるみたいに言わないでほしい。
「見られて困るような代物、職場に持ち込んだのは、誰ですか?」
宇佐原がにやにやと笑っている。
「だから、それは」
さらに赤くなって、もじもじし始めると宇佐原が笑いながら言った。
「後で飲み比べの感想送るな。おいしい銘柄あったら、また買いに行こう。あのステーキ、おいしかったよな。あそこの神社もよかったし」
ひらひらと手をふって戻っていく宇佐原を目で追うと、固まっていた頬がようやく緩んだ。
「うん。宇佐原、ありがとう」
席に戻ると、月世がそっとささやく。
「私も、お酒が良かったなー。地酒、好きなんだよね」
「わぁ、ごめん。今度は買ってくるね」
「あっ、でも、このかわいい和菓子もすごくうれしいよ。食べるの楽しみ」
「うん、よかった」
宇佐原にはかなわないなと改めて思った。
あの場をあんなふうにおさめてくれるなんて。
いつも宇佐原は心をふっと軽くしてくれる、さりげない冗談や空気を変える強烈なひと言で。
それから、こうやって、何事もなかったように話しかけてくれる月世にも感謝している。