イジワル同期の恋の手ほどき
* * *
俺は美緒の肩から手を離した。
ずっと寄り添ってベンチに座っていたいのはやまやまだが、そうもいかない。
立ち上がると、美緒はまだ足元がふらふらしている。
「ほら、掴まれ」
「ありがとう」
とろんとした目と上気した頬に俺の心臓が高鳴る。
最寄り駅の改札を通ったところで、残業で遅くなった様子の泉田さんにばったり会った。
「お疲れ様です、今帰りですか?」
俺の問いに、泉田さんは美緒に視線を送り、「大丈夫なのか」と聞いてきた。
「これ、ふたりで飲んでたんですよ。おいしくてつい飲みすぎました」
美緒が記念に持って帰ると言ったお土産の地酒セットを見せると、泉田さんの顔が曇る。
「あれ? 泉田さんだ、この地酒、おいしかったですよ、ふふふ」
ろれつの回らない口で言う美緒が、ふらつくのを俺が腰に回した手でぐっと支える。
「手貸そうか?」
泉田さんの申し出をやんわり断る。
「いえ、こいつの介抱は慣れてますから」
「宇佐原、もう一軒行こ」
美緒が拳を振り上げて、大きな声で叫ぶものだから、ホームにいる周りの乗客が失笑している。
「今日はもう帰るぞ」
静かに拳をつかんで下ろす。
「木津さんはお酒飲むといつもこうなの?」
驚いた泉田さんが尋ねる。
「こんなになるまで飲むのは珍しいですね。今日は忘れたいことがあったみたいで」
俺が意味深に泉田さんに目をやると、泉田さんがすっと目線を逸らす。
数分待って到着した地下鉄に乗り込む。二十一時を過ぎた車内は、仕事帰りのサラリーマンでかなり混雑していた。
「俺にもたれてていいぞ」
そうささやくと、ふにゃと笑って、美緒がやわらかく胸にもたれる。
鼻先にちょうど頭のてっぺんがあって、ふわりと美緒の髪が香った。
「信頼してるんだな、おまえのこと」
「まあ、付き合い長いですからね」
その時、電車が急ブレーキを踏み、俺は美緒をぎゅっと抱きしめた。
「宇佐原の胸、広くて温かいね。なんか眠い」
目をこする仕草がかわいくて、思わずにやけそうになるのを必死にこらえる。
「いいぞ、寝ても。支えててやるから」
そう言って、髪の毛を優しくなでると、「うん」と微かにつぶやいて、本当に眠ってしまった。
泉田さんが隣で苦い顔をしているのには気づかないふりをする。
そんな泉田さんは途中の駅で降りていき、美緒の自宅からの最寄り駅に着いたのだが。
まだ彼女はどこかうつろで、並んでホームのベンチに座ると、またうとうとし始めた。
しばらく様子を見ていたが、このままここで寝かせるわけにもいかないので、そっと肩を揺する。
「そろそろ、帰るか?」
* * *