イジワル同期の恋の手ほどき

「どうぞ」

宇佐原にエスコートされて、助手席に座る。
いつも営業車の助手席に乗っているのに、今日は特別な感じがして妙に緊張していた。
誰かの車の助手席に座るのは初めてかもしれない。
でも、ドキドキしているのは私だけみたいで、宇佐原はまったくいつもと変わらない。

「そろそろ、行き先教えてくれてもいいんじゃない?」

シートベルトを締めながら、ずっと気になっていたことを尋ねると、宇佐原は自信満々でにやりと笑った。
こっちはずっとドキドキしているのに、余裕たっぷりな宇佐原がなんか悔しい。

「森島(もりしま)」

宇佐原が告げたのは車で二時間はかかる小さな島だった。
橋が架かっているので、本州から車で行ける。

「えっ、そんなに遠くまで?」

「せっかくだからな」

てっきり、近場に行くのだとばかり思っていたから驚いた。

「だいたい、目星はつけてるけど、行きたいところあったら、追加するぞ」

宇佐原が手渡したのは、『近郊ドライブガイド』だった。
付箋のページには日帰りで回れるモデルコースが載っていた。

「とりあえず、花とハーブの博物館に向かってる。ハーブ製品の販売も、あるみたいだ」

「わぁ、おもしろそう」

顔が思わずほころぶ。

「そういうの、宇佐原の趣味?」

「そんなわけ、ないだろ。周りが大きな公園になってるから、弁当広げるのに気持ち良さそうと思っただけだ」

そうだよね、私がハーブとか好きなの知っててわざわざそこを選んでくれたなんて考えた自分がバカみたいだ。
あくまで今日はお弁当が目的なのに。

「なぁんだ。てっきり、前の彼女が好きだった場所かと思ったよ」

からかって言うと、宇佐原のトーンが変わった。

「元カノと来た場所におまえを連れていくほど、趣味は悪くない。今日行く場所は全部初めてだから、安心しろ。というか余計な気を回すな」

そんなことを真面目な顔で言われると、返事に困る。
だけどちょっとだけ聞いてみたい。
宇佐原がこれまでどんな人とつき合って、どんな時間を過ごしてきたのか。
宇佐原に限って、絶対にそんなこと話してくれそうにないけれど。

FMから流れる懐かしいメロディを宇佐原が口ずさむ。
私は宇佐原の少し深みのあるテノールの声が好きだ。
同世代だから青春時代によく聴いた音楽や好きだったテレビ番組の話題で盛り上がる。
仕事を離れた非日常の空間にうきうきして、出発してからずっと笑っている。
宇佐原も楽しそうなのがすごくうれしい。
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