滴る雫は甘くてほろ苦い媚薬
食事を終えた私達は、彼の用事とやらを済ます為に先程の百貨店へ戻った。
そしてデパ地下へ向かい彼は迷う事なくとある店舗前で止まった。
その店名を見た瞬間、唖然としてしまった。
「えっと、宇治抹茶カステラを一箱」
彼はガラスのショーケースを見ることなく店員に声をかけて、早々と会計を始める。
そして“夏目屋”と書かれた包装紙で包まれた箱が入った紙袋を持ち、私の元へと戻ってきた。
「用事って…」
「ここのカステラ昔から好きでさ、たまに買いに来るんだ」
嬉しそうに笑う彼は漸く欲しかったものが手に入って満足げな表情をしている。
「あ、良かったら奈緒子さんも食べる?めっちゃ美味いんだから!」
彼がカステラを勧めてきてくれて、
私はあえてその話に乗っかろうかと思った。
別に隠す必要もないけど、
今ここで話すことでもないなと思ったからだ。
「じゃ、ぜひ頂こうかな」