滴る雫は甘くてほろ苦い媚薬
「あ、別にいいんだ。無理に話さなく」
「ーー親はもういないよ。死んだんだ」
私の言葉を最後まで聞かずに彼の声が遮る。
しかもその言葉とは予想とは反して、衝撃的な答えだった。
「もういない、いないんだ。本当の俺を知る人間は誰も…」
項垂れるように目線を地面に向けて何処か辛そうな声色出し、
全身で孤独感を背負いこむような姿の彼。
そんな姿を初めて見た私は、
胸の奥が痛いぐらいギュッと強く締め付けられた。
それ以上に今は一人じゃない事を教えてあげたくなった。
「…」
重ねていた彼の両手にスッと添える。
ふと彼が横目で隣を見上げてきて、私は何も声をかけてあげられないまま黙って見つめ返す。
「…あったかい。奈緒子さんの手」
私の手を優しく掴んで自分の頬に当てる彼。
そしてフッと嬉しそうに目を細めている。
その笑顔は何処か安心しきっているような表情にも見えた。