もう一度抱いて
何が何だかわからないまま、里桜ちゃんは拓真と一緒に帰ってしまい、居酒屋には僕と亜美ちゃん、キョウセイと朝田京香さんの四人だけになった。


亜美ちゃんは依然、黒いオーラを放ったままだ。


「ちょっと席外すわね」


そう言って、朝田さんが席を立つ。


その様子をチラチラと目で追っている亜美ちゃん。


朝田さんが完全に姿を消したのを確認して、亜美ちゃんは急に口を開いた。


「ねぇ、磯村君」


いつもより低い声を出す亜美ちゃんに、少し戸惑っている様子のキョウセイ。


「お願いがあるの」


「何…?」


お願い?


亜美ちゃんがキョウセイにお願いって何なんだろう?


「京香と里桜を会わせないで欲しいの」


「え…?」


僕もキョウセイも、亜美ちゃんの言ってる意味がわからなくて、きょとんとしてしまう。


「これからも里桜と一緒にバンドをやっていくつもりなら…」


「つもり…なら?」


「京香を練習には連れて来ないで。

ライブの後も、こんなふうに居酒屋に京香を連れて来ないで欲しいの」


亜美ちゃんの言葉に、キョウセイが目を見開いた。


「亜美ちゃん、どうして?」


思わず僕の方から聞いてしまった。


すると、亜美ちゃんは少し苦しそうな顔をして。


「詳しくは言えないわ」


ぽつり呟いた。


彼女を連れて来ないでなんて、理由すらわからないお願いを、キョウセイは聞き入れるのだろうか?


ふと不安になった僕だったけど。


キョウセイは「わかった…」と、静かに頷いた。
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