君が好きだから嘘をつく
「あれ?英輔・・」

思わず声に出た小さな声も・その名前も3人には聞こえていた。

「ちょっとごめんなさい」

咲季と隼人に軽く頭を下げ、そのあと健吾に一瞬視線を合わせて電話に出た。

「もしもし?」

話し始めると少しだけ身体を健吾と反対の方に向けて電話に集中した。

「あっ、そのファイルはもう資料室に戻しちゃったの。ごめんね」

聞こえてくるのは何てことはない仕事の話なのだけど、そんな楓を気になる様子で見ている健吾。そしてそんな健吾のことを、咲季はテーブルに片ひじをつき顎をのせて観察するが如くにやつきながら見ていた。

「気になるよね~」

「いや・・別に」

咲季の問いかけに睨むような視線を見せつつも言葉は濁りを見せ、隠し切れなかった。

「楓の気持ち信じているんでしょ?」

「もちろん」

「まっ、心配ないわよ。特に楓の一途さは、心配のしようがないからさ。山中くんも心配かけないようにね!」

咲季は楓が電話中で聞こえていないのを確認しながら、健吾にはしっかりと釘をさした。
もちろん伊東麻里のことだ。あの子のことはどんなに小さな火種だってこの先存在させてはいけない、そう思っている。健吾がこうして楓の同僚として友達であり、過去好きだった人との接触が気になるのと同じように、楓にとって健吾の好きだった人の存在はいつだって不安材料になるはずだから。
大きなお世話でも理解してもらえる今、健吾に伝えたかった。
そんな咲季に健吾はしっかりと視線を合わせて「はい」と答えてくれた。

「でも本当によかったね」

「何がですか?」

「だって楓が会社辞めた後、山中くん廃人みたいだったじゃない」

その言葉には隼人も吹き出すように笑った。

「隼人まで、なんだよ~」

恨めしそうに隼人を見ると、涼しい顔で「そうだったね」と返されてしまった。

「でもさ、こうやって仲良く2人並んで幸せそうなところを見たら、よかったな~って思うじゃない。その上、楓にデレデレなとこまで見たらさ。本当にどっちが長い年月片思いしていたのか分からなくなりそうだよ」

「ほんと勘弁してください」

そう健吾が情けない顔をしたところで楓の電話も終了した。

「ごめんなさい、話が長引いちゃって」

「ううん、大丈夫」

咲季がそう答え、隼人が笑顔で頷いてくれたのを見た後に健吾を見ると、なんとも微妙な顔をしていた。
楓は気になって『ん?』と首を傾げると、『ううん』と首を振りながら今度は笑ってくれた。

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