甘い恋の始め方
化粧室の鏡に映るのは、地味なグレーのスーツを着た女。

先週の部屋着を除いて、悠也に見せた姿の中で一番地味な姿かもしれない。

パウダーをはたき、少し落ち着いた色味の口紅を唇に塗り髪にブラシをあてる。

浩太のやってくれた通りふんわりとはいかないが、顔の周りが軽く見えて気に入っていた。

だけど今の顔は沈んだ表情で、無理に笑みを作ろうと思っても出来ない。

(神経質になってる……)

こわばった顔の筋肉をほぐすように両手で頬を軽く叩くと化粧室を出た。

14階のフロアに足を踏み入れるのは初めてで、他の階と同じような仕様だったがエレベーターを降りるとすぐに受付カウンターがある。

就業時間なら受付にいる秘書も20時を過ぎた時間ではいない。

重役たちもすでに退社したようで、廊下の照明の灯りは最低限に落とされ薄暗かった。

(どの部屋だろう……)

心臓が痛いくらいバクバクしてきて、副社長室を探す足取りも自然と遅くなる。

近くのドアからプレートを確かめて廊下を進む。

緊張しながら真剣に探していた理子は、少し先のドアの前に人が立っているのが目に入らなかった。

ひとつひとつドアプレートを確かめる理子を悠也はドアに背を預け眺めていたのだ。

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