いとしいあなたに幸福を
彼の居場所は男たちが会話していた位置とは距離があるが、風使いの聴覚は風の精霊の力を借りて離れた場所の音声を拾うことが出来る。

そうして耳にしたその会話の内容は、そんな不穏な内容であった。

――春雷の街へと急ぐ道程の途中で雷雨に見舞われた兄妹は、雨露を凌ぐため森の中に逃げ込んでいた。

其処で岩場に細身の二人程度なら入り込める小さな洞穴を見つけ、身を隠している。

あとどれだけ走り通せば、街まで辿り着けるだろう。

悠梨は数える程しか街へ行ったことがなかったが、集落から街へは確か大人の足でも半日がかりだった。

少しでも早く街に辿り着きたいが、この雨の中で幼い妹を連れ回す訳にも行かない。

雨が止んだら、すぐにまた出発しなければ。

…きっと集落の人々は、殆ど捕まるか殺されてしまっただろう。

両親の無事を願いたかったが、恐らくあの状況では助からない。

今は妹を守ることと、何とかして領主に逢うことだけを考えようとした。

「お…兄ちゃん……」

悠梨の傍らで眠っていた妹が、ふと苦しげに呻き声を上げた。

「愛梨、どうした?」

単なる寝言かと思って顔を覗き込んでやると、妹は少し震えていた。

着ていた上着を掛けてやってはいたが、雨で気温が下がったので寒いのだろう。

頭を撫でてやろうと何気なく額に触れると、その肌が異様に熱いことに気が付いた。

「…!」
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