【完】『いつか、きっと』
祇園祭の季節が、始まった。

翔一郎は氏子連の厚意で山鉾に架けるベルギー製の懸装飾りを見せてもらえることになり、毎日のようにカメラを片手に氏子町を駆け回っている。

いよいよ明日は宵々山という日、機材を取りに戻るとエマが、

「愛ちゃんとブラウンさん、もしかしたら付き合い始めたかも」

と言った。

「うーん…でも下手に訊かれへんからなあ」

「ね。そっとしとこ」

「せやな」

機材を帆布のリュックに詰めると、黄色のリトルカブにうち乗って──といった方が似合う──智恵光院通を二条城の方角へ下がった。



宵山の日。

エマと翔一郎の結婚記念日でもある。

この日、撮影を宵の口で切り上げた翔一郎は、エマと烏丸四条で待ち合わせ、互いを見つけると祇園囃子の鳴り響く辻へ、二人で繰り出した。

厄除け粽の売り声がする。

街には浴衣姿のカップルが大勢ある。

そのなかで。

エマはビビッドな緑のブラウスにショートパンツ、といった姿である。

エマはキャメルのライダーブルゾン姿の翔一郎と腕を組んで、山鉾や山車の並ぶ室町通をそぞろ歩いた。

すると。

「…あれ?」

あれさ、愛ちゃんじゃない?──エマは指差した。

「そんなアホな」

言いかけて翔一郎は視線の先の光景に驚いた。

そこには薫子とジャックを連れたブラウンと愛がいたのである。

エマが何か言おうとした。

が、

「エマやめとき」

多分デートやで、と翔一郎は言った。

「今日は宵山や」

宵山にデートするっちゅうのは、本命ってことやで…翔一郎は言う。

京都ならではのルール、といっていいであろう。

「…じゃ、うちらは?」

「あのなぁ、本命に決まっとるやないか」

言わすな、といったような顔つきを翔一郎はしてから、エマの手を強く握った。

「…うん」

提灯に照らされた山鉾が、宵闇に浮かんでいた。



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