雪の足跡《Berry's cafe版》
「理由なんて……」
子供が出来なかったら八木橋に申し訳ない、それが気掛かりだった。私なんかじゃなくて、他の子の方が八木橋にはお似合いなんじゃないか、って。
「理由は無かったの? 無かったなら、これから考えるのね」
私は母の言ってる意味は分からなかった。後から理由をこじつけるなんて言い訳がましくて。母は、柏田さんも納得してくれたなら写真も受け取ってもらえそうね、と出来上がった惣菜をテーブルに置いた。香ばしい匂いに釣られて指でつまみ食いをする。ホッとする味に涙腺が緩んだ。母だって柏田さんがいいと本当に考えてたんじゃない。私の勝手な被害妄想みたいなものだったと思った。
八木橋との結婚を躊躇した理由。流産、元カノ、きっとそれだけじゃない。もうこうして毎晩母の料理を口にすることは無くなる。自分がこの家を離れることも母を一人にすることも薬局を辞めなきゃいけないことも、知り合いも親戚もいない猪苗代に行くのも多分怖かったんだと思った。ひとつひとつは小さなことでも全てが覆いかぶさるように襲ってきて、私はどうしていいか分からなかったのかもしれない。こっちの人間と、しかも私の条件を飲んでくれる人と結婚すれば全てを失うことはないと思って柏田さんとデートを重ねた。
『本当にこの人だと思える人と結婚して欲しい。この人なら何でも相談出来る、信頼出来るって人と』
母が前に言った台詞を思い出した。柏田さんが信用ならないとか頼りにならないという訳じゃない。ヤギに囲まれた私をスマートに助けてくれた。スイートオレンジが無いと言う私にレモンを勧めた。でも何かが違うことに気付いた。