婚カチュ。
「私は東京から逃げるんです。仕事のやり甲斐や向上心を捨てて、安定した慎ましやかな生活を求めて」
そう言った戸田さんの目は悲しげだった。きっとわたしには分からないたくさんの負い目を抱えているのだ。
短く息を吐いて、彼は白いスープに目を落とした。
「つまり弁護士だといっても収入はそこまで期待できません。田舎なりにいい暮らしはできるかもしれないが、女性が弁護士という響きに夢想するほどの生活レベルは保障できない」
その生活レベルは、きっとわたしが思い描いていた条件と一致するのだろう。
広瀬さんに譲歩しろとしつこく求められていた、結婚相手としての理想の条件。
でも、理想は理想に過ぎない。
この人を前にして、なぜかそう思った。
「なんでご自分を悪く言うんですか?」
人の幸せと比べることに意味はない。
自分が幸せなら、それが正解なのだ。
「以前、テレビで見たことがあります」
思い出したのは、真っ白に埋もれる北の銀世界だ。