婚カチュ。


何の話をしているのかは分からないけれど、ひたすらしゃべり続ける桜田さんに広瀬さんは黙って相槌を打ち、時折なにかを聞き返していた。

真面目な話をしているのだ。そう思って視線を戻そうと思ったとき、不意に彼の表情が崩れた。
優しい微笑が、すぐとなりの桜田さんに向けられる。
 
心臓の高鳴りが、瞬時に鈍い痛みに変わった。


「ねえ、シイちゃん聞いてるぅ?」

「聞いてるよ」
 

ビールをおかわりして、背もたれによりかかった。

からだの力が抜ける。
心の奥でさまよっていた灰色の感情が、一瞬、炎を上げたのがわかった。
 


嫉妬だ。
 

ずいぶん遠いむかしに置き去りにしてきた感覚だった。
胸を焦がしたり、いらだったり、うらやましかったり、悲しくなったり。
 
忘れていた恋愛感情が、わたしのなかで生き生きと跳ね回る。

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