婚カチュ。


「ねえん、聞いてるのぉ智也くうん」
 

甘えた声を出し、桜田さんが広瀬さんの首に絡みつく。

やめて! と心の中で叫んだ。
心臓がねじれすぎてなんだか胃まで痛い。


「か……社長、飲みすぎだって」
 

不意に彼の口調が崩れ、驚いていると、


「やだぁ、いつもみたいに香織って呼んでぇ」

「何言ってんだよ。すいません二ノ宮さん。社長、相当酔ってるみたいで」

「い、いえ」
 

頬がひきつりそうになるのを懸命にこらえた。目の前でべたべたされるなんて拷問だ。

広瀬さんは首に絡み付いた細い腕を外し、脱力した彼女の上半身を自らのひざの上に横たえた。
どうやら桜田さんは眠ってしまったらしい。


「いい大人が……とんだ醜態ですね」
 

そう言いながらも彼女の頬についた睫毛だか何かの汚れを取ってあげている。口では文句を言いながら、彼の桜田さんを見る目は優しい。

胸がつぶれそうだ。

< 144 / 260 >

この作品をシェア

pagetop