婚カチュ。


パソコンに集中するふりをしながら何人かの女性社員がこちらを見ている。わたしはあわてて松坂の手を払った。


「仕事で来たんでしょ。用事は済んだの?」
 

彼はつまらなそうに唇をとがらせ、壁の時計を見る。


「まだちょっと時間あるんですよ。16時からの講習会に出るんで」
 

去年から池袋の支社に配属になった松坂は、わたしの大学の後輩にあたる。

2つ年下だけれど同じテニスサークルに所属していたため、卒業後もOB会でしょっちゅう顔を合わせていた。もっともわたしは若いノリについていけず、会に参加しなくなって久しい。


「先輩ちょっとコーヒー付き合ってくださいよ」 
 

人懐こく笑う顔はなんとなく家で飼っているゴールデンレトリバーに似ている。

顔も性格も犬系の松坂に、なかば引きずられるようにして最上階のラウンジに連れて行かれた。


< 18 / 260 >

この作品をシェア

pagetop