婚カチュ。

 

わたしが勤める消費財メーカーは豪奢なラウンジで知られていて、テレビの取材を受けたこともある。

ワンフロアを使い切った開放的な空間には1000人が座れる椅子やソファやマッサージチェアが設置され、休憩やランチ、ミーティングなどに利用されている。
カフェスペースの反対側には図書館のように本棚が並べられていて読書スペースまで設けられていた。


「あー、やっぱ本社いいっすわ」
 

マッサージチェアの振動で低い声が震えている。


「うちの支社、周辺に落ち着いてサボれる場所がないんすよ」
 

松坂は悪びれた様子も見せず笑う。


入社して5年も経つと上手く肩の力を抜いて仕事ができるようになるらしい。それでなくても松坂はむかしから要領がよかった。

男のくせにかわいい笑顔を武器にして、男女問わず先輩からも顧客からも可愛がられる。わたしとは正反対だ。
 

松坂が買ってきてくれた抹茶ラテが手の中で湯気をあげ、甘い香りが漂った。


「営業の仕事はどう?」
 

尋ねるとマッサージチェアの振動が止まった。後輩は横目でわたしを見やり、両手を天井に向けて猫のように伸びをする。

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