婚カチュ。
「正直すっげー大変です。でも俺頑張ってるんで、もしかすると来月のMVPとか取っちゃうかも」
「え、すごい」
思ったまま口にすると、松坂は思いのほかうれしそうに笑った。
「でしょでしょ」
月間MVPなんて誰でも取れるものじゃない。
何百人といる営業マンのなかでもトップクラスの成績を収められる、ごく限られた人間のなせる技だ。
「松坂がそんなにできる男だったなんて知らなかった」
「へへ、何気にすげー努力してますから」
満足そうにコーヒーを啜り、できる男はおもむろに立ち上がる。
まるで紳士服のCMタレントのように颯爽と紺ストライプのジャケットを羽織り、腰掛けているわたしの正面に立ちふさがった。
「先輩。俺がMVP取ったら、ひとつ、お願いきいてくれませんか」
「お願い?」
はい、と答える顔はいつになく真剣だ。
「内容によりけりかな」
わたしの慎重な返事に、松坂の表情が柔らかく崩れた。
「その内容について話したいんで、今日仕事引けてから時間もらえません?」
「あ、今日はダメ」
とっさに言うと後輩はわかりやすく肩を落とした。