婚カチュ。
彼は椅子に座ったまま表情を変えずにこちらを見ている。
細身のからだに羽織ったダークグレーのジャケットも、ほんの少し茶色がかった自然な髪色も、端正な顔にはよく似合う。
「智也くん、終わったら会議室ね」
「はい」
広瀬さんに短く業務連絡をすると、桜田さんはわたしに「がんばってね」と可愛らしいウインクを残して廊下に消えていった。それを確認し、アドバイザーが薄く微笑む。
「では、続きをはじめしょう」
笑っていない目元が言外に「早く座れ」とわたしをせき立てる。
「あの、お手柔らかに……」
おずおずと席につくと、広瀬さんは顔全体でにこりと笑った。
「僕は二ノ宮さんがいち早くご成婚されるよう、精一杯、全力でサポートさせていただきますから、どうぞご安心ください」
「う……よろしく、お願いします」
29年間の人生のなかで美男子の笑顔を恐いと思ったのは、これがはじめてだった。