極上の他人
私と視線を合わせようともしないし、既に拭き終わっているグラスを何度も拭いているし。
心ここにあらずというのはこういうことだな、と妙に冷静に考える自分に笑ってしまう。
そして、人って、感情が凍りつくとこうなるんだな、とも実感する。
「いいよ、これ以上千早くんには聞かない」
力なく笑う私に、戸惑う千早くん。
私を気遣い、輝さんとあの女性の関係を黙っている優しい千早くんに、苦しい思いをさせてしまって申しわけないけれど、今の私には彼を気遣う余裕はない。
「きっと、私に割いてくれていた輝さんの時間は、本来は彼女のものなんだね……」
「え?あ、ふみちゃん……?」
「誠吾兄ちゃんに頼まれたからって、こんなに手厚く私をお世話しなくてもいいのに。食事なら自分でなんとでもするし、いい大人なんだから一人でも大丈夫なのに」
お店を出ていく輝さんの後ろ姿を思い返しながら、涙さえ出てこないな、と苦笑する。
「そうだよね。輝さんに特別な女性がいたって、不思議じゃないよね。
……あんなに不機嫌そうな表情を女性に向ける輝さん初めて見た。
自分の感情を露わに見せることができる相手がいるなんて、知らなかった」
「そ、それは違う、ふみちゃん、違うよ」
千早くんの焦る声に私は小さく首を横に振り、どうにか笑顔を作った。
本当に悲しい時って、悲しい顔ができないものだな、と思う。