極上の他人
輝さんの手が私の耳元へと届いて、『ああ、あの傷だ』と見当がつく場所へと触れる。
輝さんの必要以上に優しい仕草を感じながら、私は目を伏せて大きく息を吐いた。
思い出すと胸が痛くなる過去に引きずられないよう、気持ちを強くし、再び目を開けて輝さんを見据えた。
きっと、これまで輝さんが見ていた私の中で、今の私が一番強い表情を作っているはずだ。
「小さい頃に、母さんとぶつかった時にできた傷です。かなり消えたと思うんですけど、まだわかりますか?」
「んー。じっと見なければわからないな。だけど、かなりざっくりと切れたんじゃないか?」
「……そうですね。血だらけでした」
「ぶつかっただけで、どうして血だらけになるほどの怪我をしたんだ?」
輝さんは驚いた声をあげ、私の耳朶の下に残る傷跡を見つめている。
その傷跡が、私の気持ちを過去を思い出すきっかけになるものだとは知らずに、心配そうに見つめ続けている。
過去に呼び戻されないように気持ちを強く持たなければと思いながらも、傷跡に触れる指先から次第に体全体に広がっていく痛みを逃がす術が見当たらない。
思い出したくないのに忘れられない過去は、不意に現れて私を苦しめる。
一生、こうしてこの傷跡の呪縛からは逃げられないのかな……。