極上の他人
「史郁?どうした?体調が悪いなら、このまま寝るか?」
輝さんの声がどこか遠くから聞こえるようだ。
「史郁?……おいっ」
輝さんは、私の両肩に手を置き、何度か体を揺さぶった。
まるで私がどこかに行ってしまったかのように、そして、そんな私を取り戻すように強く揺さぶっては声をかけてくれた。
「あ、大丈夫です。私、ただ、思い出していただけで………いろいろと」
「いろいろって何を思い出してたんだ?楽しいことを思い出したようには見えないぞ。何があった?」
「何がって……簡単です。私、捨てられたんです」
普段の私なら他人に言わない重い過去だけれど、何故か今の私にはその重さを吐露してこの身を軽くしたいと、逃げたいと。
熱のせいだろうか、初めてたどる思考回路に戸惑いながらも言葉があふれ出てくる。
「私……。母から捨てられたんです。私は、私を祖父と祖母の家に預けて出ていく母を追いかけて、縋りついて、そして、そんな私を振り払った母の指輪の石が私の耳朶を切ったんです。そう、ざっくりと、です」
「……そうか。……痛かったな」
「です、ね」
私の呟いた言葉に、苦しげな顔を見せながらも、輝さんはそれほど驚いた様子もなく私の手を更に強く握ってくれた。
その熱によって、私の心はほんの少しだけ凪いで、穏やかさを感じるけれど。
それでもやっぱり、私はあの日を思い出さないようにと必死で気持ちをそらす。