極上の他人
思い出せば、母から与えられた痛みがよみがえり感情の揺れをコントロールできなくなる。
あの日、母を追いかけながら、私の体全部、心全部は凍りついた。
そして、すがりつく私を振り払おうとする母によって地面にたたきつけられた私の全ては、その衝撃によって壊れてしまった。
母を、父を、愛しいと思う私の心を拒否されて、そして。
二人の未来に私の存在は不要なんだと実感したあの瞬間、耳朶から流れる血が地面に広がる様子を他人事のように眺めながら、自分は一人ぼっちになったと震えた。
涙さえ流れなかった。
血だらけの私をその場に置き去りにしたまま去っていく母の背中がどんどん小さくなっていき、そして消えた時。
私は、それまでの私ではなくなった。
「史郁、おい、史郁」
輝さんに『ふみか』と呼ばれ、体を揺さぶられて、はっと目を開けた。
そういえば、初めて会った『お見合い』の日にも、輝さんは私のことを『ふみか』と呼び捨てにした。
友達はみんな『ふみちゃん』と呼ぶせいか、初対面の輝さんからそう呼ばれた時、どきりとしたと思い出す。
亜実さんからの事前情報かとも思ったけれど、忙しそうに店内を動き回る輝さんにそれを聞くこともなくその日は帰った。
そして、今日までその違和感を思い出すことはなかった。