極上の他人


相変わらずぼんやりとしている私の体を揺らしながら、輝さんは焦った声をあげている。

「史郁、こっちに戻ってこい。史郁の耳朶の傷跡は、もう白くて見えないほどだ。安心しろ。もう痛くない」

私の意識を呼び戻すようにゆっくりと言葉をかけてくれる輝さんに違和感を感じても、それがなんなのかわからないまま見つめ返した。

「輝さん……」

「大丈夫だ。俺がいるから、大丈夫」

呪文のような、声。

輝さんに耳朶の傷跡のこと問われ、気持ちが過去に流れ込まないようにと必死でコントールしたけれど、結局、自分で自分を追いつめるように過去を思い返す。

いつものことだ。

母に捨てられた時に与えられた傷跡は耳朶に居座り、なかなか消えてくれない。

時々、思い出したように私をいじめる。

「輝さん、ごめんなさい。大丈夫」

「大丈夫じゃないだろ?まだ震えてるぞ」

過去を振り返れば、感情の起伏が大きくなり震えがとまらなくなる。

その震えをとめるには、悲しい感情をやり過ごせるだけの時間が経つのをひたすら待つしかない。


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