三十路で初恋、仕切り直します。
「……なんだかいろいろこじれちゃってるみたいね」
泰菜の話を聞き終えた弥生が重い溜息を吐いた。
「私高校のとき、ふたりの仲が煮え切らないのはてっきり意地っ張りな泰菜がいけないんだと思ってたけど。でも泰菜ばかりの所為ってわけでもなかったみたいね」
そういって慰めるように頭をよしよしと撫でてきた。
「若気の至りなんだとしても、まさかあの桃木くんがそんなひどいことしてたなんて気付きもしなかったわ。……そのとき泰菜は一人で耐えたの?」
労わるようなやさしい声が、胸の奥の無防備な部分にじんわり染みてくる。心だけ、高校生だったあの当時に戻ったようだった。
「……だって。周りみんな法資に好意的だったし。なのにわたしが愚痴るわけにはいかないっていうか……」
「だから黙ってたの?もしかして美玲にも話さなかったの?」
「……うん」
「もう。泰菜ってばほんとうにお人好し。でも、偉かったね。辛かっただろうによく頑張った」
誰にも慰めてもらうことが出来なかった16歳の自分を、今になって慰めてもらっているようだった。涙はこぼれない。でも。胸の中で凝り固まっていたものがすこしだけ解れていくような安堵を感じた。
「よしよし。泰菜はそのとき桃木くんにビンタくらいお見舞いしてやったの?」
「まさか」
あのときは強がりで、「べつにこんなことたいしたことじゃない」と澄ました顔を取り繕うので精一杯だった。少しも悪びれる様子がなかった法資に、自分だけ被害者面するような惨めな真似だけはしたくなかったのだ。
「私だったらもし付き合う前にアレンに公衆の面前でそんなことされてたら、その場で顔の形が変わっちゃうくらいボコボコにしてやってたわ」
「アレンさんはそんなことしないよ」
笑って話すと少しだけ気分が上向いた。これ以上弥生に気を遣わせないため、出来るだけ惨めっぽく聞こえないように言う。
「そんなわけだから。愛があるとかないとか、そういう見当違いな話はもう勘弁してね?ときどきわたしもうっかり忘れそうになるけれど、法資はわたしのことなんてどうでもいいのよ」
法資が自分のことを軽んじていることなんて、子供のときから分かっていたことでたいした事実ではない。身の程知らずにもそんなことを忘れていた自分の方が悪いのだ。
間違いなく本心でそう思っている。
なのに胸の中にやりきれないむなしさが巣くっているのはどうしてなんだろうと、隣に座る弥生にもたれかかりながらぼんやり考えていた。