相容れない二人の恋の行方は
「は……はいっ!?」
「なに。問題でもある? ボクは真由子が好きで、真由子もボクのことがたぶん好き」
「な、なななっ! それはまだ、恋愛関係をはじめる段階に達してないんじゃ!? それにさっき、私のペースに合わせるって……!」
「何事もまずははじめてみないと。大丈夫。襲ったりしない」
「ぬぁっ!?」

 あからさまな発言に変な声が出てしまった。や、やっぱり……このまま同居を続けていくのは難しいかもしれない。暴れる胸の鼓動が苦しくて、隣にいるだけで呼吸すらままならない状態。
 ついこの間までは平気だったのに、自分の気持ちを自覚した途端にこのありさま。
 このままじゃ死んでしまう……!

「真由子はボクが怖い?」

 指先が震え、一見怯えているように見えるけど、そのほとんどは緊張と羞恥心で、彼に対して他の男性と接するときのような恐怖心はない。私は無言で首を横に振る。

「だったらいいかげんこっち見てくんない? 今日、一瞬も目が合ってないんだけど」

 不機嫌そうに言う表情はすぐに頭に思い浮かんだけど、横を向くことは出来ない。ただただ、隣からの一方的な視線を感じる。私はたまらず、さらに顔を背ける。

「あんまり見ないでくれませんか!?」
「なんで。見るぐらいいいだろ」
「や、やややめてくださいよ! 顔なんて特に、コンプレックスの塊で……!」
「そんなことを言われても。……別のところをジロジロ見られるよりマシだと思うけど」
「だ、だったらいっそのこと見ないでください!」
「……はい。分かった。ほら、前向いた」

 大きな溜息のあとにそう言うと、新谷の視線が自分からはずれたことは分かった。

「ボクは真由子の顔好きだけど。素朴で飾り気がなくて癒される顔。再会してからはずいぶん雰囲気変わってたけど。メイク?」
「だって……私、ホクロ多くないですか!? そばかすもあるし……気になりだしたら嫌で嫌で仕方がなくて、薄いシミはメイクで消せるけど……ホクロは。特に……」

 上唇と肌との境目に位置するホクロ。濃すぎるわけでも際立って大きいもないけど位置的にメイクじゃごまかせなくて、場所が場所だけに目立つ。しかもこの位置のホクロは諸説あるけど、好色の相と他人から言われたり、恋多き女と雑誌に書いてあったり……何も、当てはまらないんですけど。だから余計に嫌なのだ。お金があったら整形外科で取ってしまいたい。

「ホクロ(それ)も好きだよ」
「……え」

 その瞬間、ふと視界が暗くなったと思ったら、上唇に温かい熱が触れて、ゆっくりと甘噛みされ優しくひっぱられる感覚に目を見開いた。
 そしてちゅっと可愛らしいリップ音とともに熱を感じた場所が外気にさらされ、私の視界に綺麗な形の唇が映る。

「あ。今日休みだろ? ちょっと行きたいところがあるからあとから出かけよう」

 自分の身に起きた状況が理解できないままその唇から発せられる言葉を耳にこくりと頷く。
 そしてナチュラルに口角を上げて去り際に一言。

「あ。今のはキスじゃないから」
「……え」

 ポツンとその場に一人置き去りにされると、足元からその場に崩れ落ちた。

「なっ……」

 今までに感じたことのない大きな胸の高鳴りを感じながら、両手で真っ赤に燃え上がる頬を包んだ。
 なに、今の……!
 キスじゃないって言っていたけど……。一応キスくらいまでの経験はある私。そんな私が経験したどのキスよりも、刺激的で……官能的と言うか。でも、確かなことが一つ。
 嫌じゃなかった。

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