相容れない二人の恋の行方は
 エレベーターに乗って部屋までほんの数分の間お互いに無言で、今度はさっきまでとは違う緊張感が漂う。不安に全身を支配される。息苦しい。
 ガチャっと扉が開く音がして、びくっと一度肩を震わせてからゆっくりと中へと足を踏み入れる。
 そして中に入り扉が閉まると、電気も点けず足元の誘導灯が付いたのみの玄関でいきなり抱きしめられた。

「な、なに……っ?」

 私を抱きしめる腕に力が込められると、耳元で「泣いた? ごめん」と私が知ってる新谷のものとは思えない、弱々しく擦れた深い謝罪の色が声からうかがえる、そんな声色で言った。
 私は変わらずの緊張感に身体を硬直させたまま何も言えなかった。ゆっくりと腕がほどかれると靴を脱ぎ部屋の中へと入っていく新谷を追って靴を脱いだ。
 リビングへ向かいながら新谷の口から事のいきさつが語られ始める。

「ちょっと、ライフラインが満足に通っていないような場所に行っていて……」
「何をしに……?」
「母に会いに」
「お母さん?」
「元々は海外を拠点に事業を展開していたんだけど、数年前に会社をすべて売却してさ。その時の資金を使って今はボランティア活動に熱心になって、ほとんど一年中世界中を飛び回っているんだ」

 新谷自身の口から家族のことがあまり語られることはないけど、その中でも母親の話を聞いたことはなかった。
 リビングに入り、電気をつけ扉を閉めると一気に押し寄せてきた様々な疑問に珍しく私は自ら疑問をぶつけようとした。なぜお母さんに会いに? それも、急に……?
 でもその疑問を尋ねることは叶わなかった。ほんの数秒、新谷の方が口を開くのが早かった。

「詳しい話はとりあえず後でするとして。まずは重要なこと。ボクの決意を聞いてくれるかな」
「……決意?」
「母に会いに行った先で新谷家全員が集まったんだよ。こんなことめったにないことだからきちんと話をしておこうと思った。ボクは、学院理事は継がないと」
「え……」

 向かい合って、お互いに視線がまっすぐにぶつかる。そのままの状態で少しの笑みを浮かべた新谷が続けて言った。

「決めたよ。ボクは弁護士を目指す」

 その瞬間、しんと室内が静まり返った。そして、かなり長い無言状態が続いて、次に部屋に響いたのは、私の悲鳴のような驚きに上げた声だった。

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