たったひとりの君にだけ
「……先帰るわ」
けれど、もう充分食べた。
お腹いっぱいです。
もう受け付けません。
それに、明日はなんとなく家で一日を過ごしたい。
だから今日中に食材の調達を済ませる必要がある。
スーパーが閉まる前に帰ろう。
私は財布から1万円札を取り出して瑠奈に手渡した。
「……え?私、お金貸してたっけ?」
「違うよ。樹に渡しといて」
「でも奢りだよ?」
「最初から樹に1円だって奢ってもらうつもりはなかったから。これだけあれば足りるでしょ」
「そりゃ足りると思うけど」
「とにかく、これ以上ここにいたくない。帰るって言っといて。瑠奈はゆっくりしなよ。じゃ」
そう言って、私は右手を翻して化粧室を後にする。
呼び止める声が聞こえても振り返る気は微塵もない。
本当は、そのつもりであの個室から出て来た。
一度出たらもう戻らない、だからこそハイペースでもつ鍋を頂いていただけの話。
きっと、半分以上私が食べていたただろう。
コートは入り口で預かってもらっている。
あの部屋には用はない。
その旨を適当に伝えて、店員からコートを受け取った私は足早に店を去った。