たったひとりの君にだけ


―――――――
―――――



「……本当に行くの?」

「そうですよ?」


本日の空模様に似合いすぎる、そんな笑顔を私に向ける。

有無を言わさぬ雰囲気を感じつつも、相変わらず素直に頷かない私は顔を背ける。


「……開店直後に行くとかなんか嫌なんだけど」

「いいじゃないですか、誰もいないからむしろラッキーだし」


だからそれが問題なんだって。


「……しかも初デートの場所がこことかどうなの」

「俺に任せるって言ったじゃないですか。それに大丈夫ですよ、夜はラーメンですから!」

「……そういう問題じゃないんだけど」


だって、こんなチョイス、誰が想像出来るっていうの。

両足を無理矢理地面に縫いつけて、私は刻み込むレベルで眉間に皺を寄せる。

暦が弥生を示したって、まだまだ風は否応なしに冷たい。
私だって寒がりなのだ、出来ることなら早く屋内のぬくぬくとした空気で自分を甘やかしたい。

けれど、行きづらいことこの上ない。
羞恥心が働くこの気持ちもわかってほしい。

それでも、結局は呆気なく散る心の叫び。

私の身の上事情をすっかり忘れているであろう高階君は、強引に右手を握った。


「今さら何言ってるんですかっ、行きますよ~!」

「えー!」


まるで大冒険にでも出掛けるような、そんな勢いで拳を前に突き出す。
店の前、通りを行く人の奇怪な視線を感じつつ、もしかして店内に逃げるのが正しいかもと一瞬でも思った私は抵抗する気力を手放すことにした。

一度だけ聞いたことのある、カランコロンという音が響く。



「いらっしゃ……充!」



余所行きの声からいつかのようなラフな声へと変わる。

そして、声の主は手にしていたタオルを投げ捨てて、素早くカウンターの中から出て来た。
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