たったひとりの君にだけ

「マジで!?おめでとう!」


だけどやっぱり恥ずかしい。

大袈裟にハイタッチまでするもんだから、私は無言でそっぽを向いた。

学生のノリ、未だ健在ってやつ?


「祝杯だ祝杯!あっ!俺、佑李呼んで来なきゃ!ゆーりー!」


余計なことをするなよ、久瀬直輝!

初めて来たとき、ここは落ち着いた雰囲気が漂う印象を受けたはずだけど、今はそんな気配は微塵もない。
洒落たBGMも台無しだ。


「じゃ、俺達はカウンターにでも座りましょうか」


態度には出さなくても一人焦る私が子供みたい。
高階君は冷静に、メガネ君がカウンターの奥に消えるやいなや私の手を引き、木製の丸椅子へと座らせる。
そして、自分は私の右隣に腰掛けた。

案の定、私達が本日初めての客らしく、店内には他に姿がない。

時刻は10時半を過ぎたばかり。
ランチには若干早い時刻だ。


「佑李!早く!」


ようやく落ち着けると思ったのに、あっという間のリターンに邪魔される。

光の速さかと思った。
実に忙しない。

すると、メガネ君の後ろから小柄な女性が登場する。


「直輝、もう少し静かに……」


嗜める声色は落ち着いていた。
それだけで、メガネ君と真逆の性格だと確信した。


「佑李!久し振り」

「あっ、充くん!久し振りだね。元気にしてた?」


互いに幾つか言葉を交わした後で、彼女はすっと私の方を向く。
そして、穏やかに口角を上げた。


「初めまして、久瀬佑李です」


カウンター越しに右手を差し出される。


「初めまして、椎名芽久美です。お忙しいところすみません」


握った手は私よりも一回り小さくて、それでいてとても温かかった。

彼女は今日もポニーテール。
きちんと顔を合わせるのは初めてで、可愛い系でぱっつん前髪。
まさしく、ポニーテールをする為に生まれて来ました、と言わんばかりの似合いっぷりだ。
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