愛を知る小鳥
そんな充実した日々はあっという間に過ぎていった。
美羽は見事希望大学に合格し、それに合わせて一人暮らしするアパートなどの手続きも全て終えた。女の子の一人暮らしとしては少々心許ない場所ではあったが、背に腹はかえられない。どうせ寝に帰るくらいしかない場所だ。就職してある程度落ち着いたら引っ越そう、漠然とそう考えていた。
そうして引っ越しまであとわずかとなったある日、母親に話があると呼び出された。

「どうかしたの?」

「…これを」

「え?」

そう言って差し出されたのは美羽名義の通帳だった。驚きに手を震わせながら中を見ると、当座の生活には何一つ困らないほどの額が入っていた。美羽は驚愕に目を開き、母を仰ぎ見た。

「…どういうこと?」

「…あなたには悪かったと思ってるわ。私はあなたに母親らしいことを何一つしてあげなかった。あの時、あの人と子どもを一度に失ってから、私は自分をも見失った。一番守ってあげなければならないあなたが一番憎い存在になってしまっていた。あなたを見るとどうしてもあの時のことが蘇ってきてしまって…だから私は仕事に逃げたの」

「お母さん…」

「このままではいけないと思いながらも、今さらどうやって向き合っていいのかわからなかった。あなたが従順ないい子であることにつけ込んで、私はひたすら逃げ続けた。…でもあなたから進学して自立したいって言われたとき、言いようのない寂しさを感じてしまったの。馬鹿よね、自分でそう仕向けたのに」

目が徐々に滲んで、母の顔がよく見えなくなってくる。

「過ぎた時間は変えられない。でもせめてこれくらいはさせてちょうだい。あなたの夢を応援してるわ。…今までごめんなさい」

「っ、おかあさんっ…!」

涙はもう止まらなかった。嬉しいのか、それまでの寂しさや辛さが湧き上がってきたのか、何故涙が出るのかわからない。けれどここからまた母と新しい一歩が踏み出せる。互いにそう思えた瞬間だった。



____それなのに。


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