晩靄(ばんあい)
第2部

地獄への扉

地獄には、悪魔と罪人達が犇めきあい、悪魔は死者を責め続けていた。
ドミトリーがわけもわからずさ迷っていると、
悪魔がやって来た。
「新入りだ、名前は?」
悪魔が訊ねた。
「ドミトリーです。悪魔の天秤に因って地獄へ落ちました。」
「よし、ラミレズが待っているから来い。」
ラミレズは地獄の判事のようだった。ドミトリーは悪魔に押さえつけられていた。
「ドミトリーの罪は前世の契約を破り、悪魔の天秤を放棄した。永遠に地に埋められ、罪の贖いをする。」
ラミレズは審判を下す判事のように座り、紙に目を落として言った。
「でも、悪魔の天秤を放棄したら地面に埋めてうじ虫に喰わせるんだが、肉体が地獄の何処かに落ちてんだけど、それは、フィッシュが連れて来いと言ってたんだが、魂の方はどうだったかな~。」
悪魔の判事が洋書を何度も読み返していた。
ドミトリーはとっさに、彼を捕まえた悪魔を蹴りあげた。
鋭い悲鳴を上げた悪魔はドミトリーを捕まえたようとしたが、バランスを崩し倒れた。
ドミトリーは素早く来た道を帰っていった。
ラミレズは何が起こったのか理解するのに時間がかかり、ドミトリーを追いかけるのを忘れた。
まるで、不思議な力がそうさせたように。
しかし、地獄には逃げ場所がないので、ラミレズは慌てたりはしなかった。
フィッシュの為にドミトリーの肉体も探さなければならない。
「ドミトリーが逃げたぞ。早く捕まえて来い。」
ラミレズの指示が響いた。
「ドミトリーの肉体について、フィッシュは何か言ってなかったけ?」
悪魔の仲間であるメルヴィルにラミレズは聞
いた。
「どうだったけ?魂の方だけ連れて行けば良かったような…」
メルヴィルもわからなかった。
「フィッシュはどこ行ったんだ?」
ラミレズが苛立ちながら煙草をのんだ。
「悪魔の天秤は誰がやってなんの目的だったんだ。フィッシュか?」
メルヴィルが言った。
「フィッシュ、フィッシュ。むしが好かん。」
ラミレズは煙を吐いて天を仰いだ。

「なにさ、誰が来るって言うんだい!誰だって?」
怒鳴り声がすると、ラミレズの前に地獄の新入りが連れられて来た。
「ソフィア。何しに来た。」
ラミレズは顔をしかめた。
「あんまりじゃない!私はフィッシュの言った通りにドミトリーを騙したんだよ?なのに作戦が失敗したら私にあの家を返せってさ!ドミトリーが勝手に放棄したんだよ?私のせいじゃない。ドミトリーはね、あの壁を消したんだ。ドミトリーはここの連中じゃ手に負えなくなるだろう!
私はあんたらより、あのお方に愛されてるんだ。あんたらはいづれまた私を頼る事になるさ。仲良くしておいた方がいいよ。」
ソフィアは啖呵を切ってラミレズの机を叩いた。
「まぁお嬢さんお座りなさい。ドミトリーはこっちの手違いだ。家は返すさ、ソフィアはドミトリーに悪魔の天秤をさせた悪魔は見たかね。」
ラミレズが自分の顎を撫でながらソフィアを
しげしげと眺めながら訊ねた。
「どんな悪魔か知る必要があるの?
悪魔にはかわりなかったんだから。」
ソフィアは優雅に足を組、言った。
「フィッシュがドミトリーを食用にしたいのは承知かな?悪魔の天秤をドミトリーに要求したのはフィッシュだ。しかし、悪魔の天秤をしたはずのフィッシュがここにいない、どういうことか察して貰える筈だ。」
ラミレズは眉を上げて両手をあわせた。
「フィッシュじゃなかった。ドミトリーをつけていた悪魔はフィッシュじゃなかった。」
ソフィアはラミレズの膝の上に置かれた彼の手を自分の両手で包んだ。
「ソフィア、仕方ない。悪魔の他にも人を騙す霊魂は数多にいる。パック、エルフ、鬼火、ゴブリン、挙げられない程ね。我々は彼らのように甘くない。どんな種族よりもね。ただ1つ我々より甘くない種族がいる。聖家族と天使、神だ。」
ソフィアは息をのんだ。
「ドミトリーにはミハエルが確かにいたけど、そこまで庇護を受けるなんてねぇ。
大天使が、地獄行の魂を追うなんて。」
「不可能だ、できはしない。あり得ない。
自ら足を運ぶ魂を救くうことは出来ない。」
ソフィアを遮り、メルヴィルが言った。
「ドミトリーは大天使だ。彼は自らを自らで救う存在なのだ。フィッシュはドミトリーが大天使から人間になり、悪魔になるのをずっと計画していた。他の大天使はドミトリーを
庇護していた訳ではない。彼から助言を受けていたのだ。智恵のある大天使は、地獄にいても自ら天に這い上がるだろうな。」
ラミレズが煙草をくわえながら笑った。
「じゃあ、計画なんか成功するわけないじゃない!」
ソフィアが怒りに燃えて叫んだ。
「お座りなさいお嬢さん、ソフィアを騙すための計画じゃないんだよ。ドミトリーを悪魔にする計画だからな。」
ラミレズは書類を探しながらソフィアに言って、一枚の紙を出した。
「フィッシュとパウエルの契約書だ。
ドミトリーはパウエルだった頃にフィッシュと契約を交わしたんだ。」
ラミレズがソフィアとメルヴィルに見せた。
「本物?」
メルヴィルが訪ねた。
「まぁね。この契約書がある限りドミトリーはフィッシュとの約束を果たさなければならない。天に帰る事も出来ない、フィッシュはそれを利用してドミトリーを地獄に縛るつもりだった。だが、悪魔の天秤を何者かが執行したわけだ。フィッシュの気が変わったんじゃなければいったい誰だ?ドミトリーを天に招く天使の仕業じゃなかったらいったいなんなんだ。」
ラミレズがニヤニヤして言った。
「フィッシュが発狂するだろうな。」
メルヴィルが苦い顔で呟いた。
「ああっなんて馬鹿なの!私ってばっフィッシュからの伝言なんて信じるなんて!」
ソフィアが自分の膝を叩いた。
「ソフィア仕方ないさ。しかし地獄に肉体が落ちたのは幸いだ。
フィッシュは周りの悪魔に趣向が知られるのを凄く嫌がるから、理由が出来た。ドミトリーについての計画も極秘中の極秘だからな。悪魔にも話すな。ここにいる悪魔以外みんなアホだからな。」
ラミレズは煙草の灰を落としながら2人を睨んだ。
「わかった。なら、口止めになにかしてくれる?」
ソフィアがラミレズに可愛らしく訪ねた。
「ソフィア、家を返したろ?」
ラミレズが嘲笑した。
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