明日、嫁に行きます!
浩紀に嗤われ、過去に付き合ってきた男達の姿が脳裏を過ぎる。
浩紀の言う通り、人に自慢できるようなタイプの男が一人もいなかったことに今更ながらに気が付いて。
憂い混じりの重い溜息が口からこぼれた。
――――そういえば、最後に付き合った男。
一人の男を思い出す。最初の男も暴言と暴力で最悪だったけど、最後に付き合った男も負けず劣らず最低としか言いようがなかった。
寡黙で頭も良く、何事もそつなくこなす男だったんだけど、どこか謎めいたところのある人で。
他人と交流しようとしない孤立しがちな彼が気になり、頼まれてもいないのに私は細々と世話を焼き続けていたんだ。
そんなある日の放課後、いきなり彼は『ずっとそばにいて欲しい』そう言ってきて。
好きだと告白されて、彼のことが気がかりだったこともあり、私は彼と付き合うことにした。
彼、学校ではとても真面目キャラで通っていたんだけど、それは違っていた。
大きな暴走族を率いる総長をしているんだって、彼が自ら告白してきた。
私、それを知った時はすごく怖かった。暴走族なんて恐怖の対象でしかなかったから。けれど、親が亡くなり親戚中たらい回しにされて、寂しさから暴走族に入ってしまったんだと辛そうな顔で言葉少なに語られて。
私、彼をほっとけない、見捨てられないって使命感に燃えてしまった。
総長の座を次に譲った後は、社会的に認められる安定した職種について、私と一緒に暮らしたいって彼に熱っぽく告げられた。彼に必要とされることが嬉しくて、まるでプロポーズみたいな言葉に浮かれてしまって、私もその気になってしまった。
でも。
付き合ってしばらくして分かったことだったんだけど、彼、実は、嘘つきなストーカー男だったんだ。
家族の話も暴走族の話も、私の気を惹くためについたウソなんだと浩紀が教えてくれた。
浩紀、彼のことを不審に思って、同中の男子に聞き込み調査をしたらしかった。
彼は、過去に付き合った女の子に「つきまとい」を繰り返した挙げ句、警察に捕まったという補導歴まであって。
そのことを聞いた時、私、思い当たる節があって総毛立った。
使った後の水着とかお弁当で使ったお箸とか、ものがなくなることが彼と付き合いだして極端に増えていたことに気付いた。
そして、胸にわだかまる疑心を晴らそうと、私は誘われるまま彼の自宅へ行ったんだ。
彼が部屋から出て行った隙を狙い、芽生えた疑念を晴らすべく、私は捜索を開始した。
そうしたら。
出るわ出るわ、無くしたはずの私物が。
押し入れの衣装ケースやら机の引き出しやらからゴロゴロと出てきた。私のものでない女性用の下着とかも出てきて、ゾーッとした。
付き合いだしてから淡い思いを抱くようになっていた彼のことが、その瞬間、虫酸が走るほど大嫌いになり、私はそのまま部屋を飛び出して自宅へ逃げ帰ったんだけど。
でも、それで終わりじゃなかった。
別れを告げた数日後、深夜、私の部屋に彼が忍び込んできたんだ。
そんな危険があるなんて思いも寄らなかった。2階に自室があるから安心しきっていたのかも知れない。
いつものように暑かったから窓を開けたまま寝てたんだけど、そこから彼は浸入してきた。
『俺から逃げられると思うなよ』
ベッドの上で馬乗りになり私の口を塞ぐ彼の姿に、全身が凍り付くほどの恐怖を味わった。
たまたま物音に気付いた隣室のサラが私の部屋をのぞき、猿轡《さるぐつわ》を噛まされ全裸に剥かれ、犯される一歩手前の私を見つけてくれた。そうして、サラは近所一体に響き渡るほどの悲鳴を上げてくれたんだ。
驚いた彼は慌てて窓から逃げていったんだけど、途中、駆けつけた警察によって現行犯逮捕された。
「ああ、最後の男、思い出しちゃったわ」
自分の身体を抱きしめながらふるりと震える私に、浩紀はニヤッと嗤った。
「最後の男って言い方はムカつくな。最後の男ってポジション、それ、俺だから」
「なにそれ。浩紀は親友でしょ。アンタが自分で言ったんじゃん。それに、友達から彼氏になんて二度とゴメンだわ。みんな最後、お決まりのストーカーになっちゃうんだもん。さんざん痛い目見た」
「それはお前に見る目がないだけ。だいたいそんな贅沢言ってたら彼氏なんて出来ねえぞ?」
はーっと深く息をつきながら呆れ顔を向けてくる。
「うっさいわ。……はあ。『普通』と呼ばれる彼氏が欲しい」
「……普通が良いってやっとわかったんなら、俺にしとけ」
挑むような視線を向けてくる浩紀に、うっと言葉に詰まった。
俺にしとけってなんだ。なんでうっすらと緊張なんかしてるの、浩紀。
……イヤな感じだ。
警戒する私に、浩紀は「しゃーねえな」とばかりにゆるりと首を振った。
「そーかよ。まだダメかよ。ダメンズウォーカー卒業したら、俺がいいって、お前、絶対気付くから」
――――俺、気ィ長い方だし。待つの慣れてっから。
意味深なセリフで私を困惑させ、浩紀はニヤッと嗤う。
「アンタ、まさか私のこと好きとか言わないよね? 親友じゃなくなるんだからね?」
「あー……分かってるし。寧音みたいなダメンズウォーカー、幼稚すぎて俺様の相手になんねえだろ」
――――冗談真に受けやがって。二度とお前なんかに告らねえし。
そう言って、浩紀は声を立てて笑う。私はムッと怒りの声をあげた。
「えっらそうに! アンタこそ私の相手には役不足なんだから! 見てなさい! 浩紀なんかよりずっといい男見つけてやる!」
「ああ、それはムリ。寧音、男見る目全くないし。俺以上にお前のこと理解できる男なんて、そうそういねえしな。だから、俺はお前にとって最後の男になるんだよ。つまり、さんざん男に泣かされまくって嫁に行きそびれたお前を、最後に俺が拾ってやるって言ってんの」
ありがたく思えよな。なんて、浩紀は傲慢無礼な態度で「ふふん」と嗤うと、上から目線でそんなことを言ってくる。
なんか今、親友になった浩紀に告白とかされたらどうしようなんて、自意識過剰なこと考えて動揺しちゃったけど。
……私、今、浩紀の冗談を本気にしちゃって嗤われたんだよね?
浩紀のお情けで、売れ残った私をもらってやるってバカにされたんだよね?
カ――――ッ! ムカつく!! 何様だ、あんた!?
どうしようって肝を冷やした私、バカみたいじゃない!
しかも。
いい男見つけんの、はっきりムリって言ったな。
その言葉、家族に散々言われてるから、かなりヘコむんですけどっ。
「あんたムカつくっ! 浩紀なんかに拾ってもらわなくても結構! 自分の相手はちゃんと自分で見つけます! もう二度とストーカー男やらDV男やらは引っかけませんから! ふつーの男捕獲するからっ! 心配無用だわっ」
誰が浩紀なんかの世話になるかと、『普通の男・捕獲大作戦』を高らかに宣言する。
「俺を選べない内はムリだな。お前は現在進行形で、ダメ男を愛しちまう現役ダメンズウォーカーなんだよ。寧音なんざ、しょーもないダメ男にババアんなるまで泣かされればいいんだバーカ」
吐き捨てるように言われてムカッとなる。しかも、なんであんた涙目なの。……バーカって子供か。
現役ダメンズウォーカー現在進行形ってその単語、もの凄い貶された感満載なんですけど。
……ずーんって落ち込むわバカヤロー。
その上、ギリギリ歯噛みする私の顔をのぞき込んできた浩紀に、『行かず後家になりやがれ』って、暴言と嘲笑まで浴びせられた。
……浩紀め。女子の前で鼻フックしてやろうか。
浩紀を睨みつける私の目が、やさぐれまくって半眼になる。
「カチンときた。怒髪天ついたわ、このヤロー」
「俺のセリフだわ、それ。怒り心頭に発すって感じなんだけど。髪の毛、悟空並みに金髪んなって逆立つわ。寧音のお子様具合には大っ概カチンときて、手のひらから『派』的なもんが飛び出しそうになるわボケが」
「言ったな、このアニオタめ! 浩紀なんて付き合った女にみーんな浮気されてるじゃない! アンタだって女運全然ないじゃん!」
人のこと偉そうに言うな! ホントに頭にくる男だ。
付き合ってた女に捨てられる度に泣きついてくるくせに。
その度に慰めてやる私の身にもなれ、なんて思いながらベーッと心の中で舌を出す。
「テメ、言っちゃなんねえこと言ったな! でも俺のがマシ! お前の方がずーっと不幸だね! 付き合ってた男に盗聴器何個も部屋に仕掛けられてたり、真っ昼間に路上セックス強要されたり、飲んでたペットボトルの飲み口を舐め回された挙げ句、そこにエクスタシー系のクスリ混入されたり、」
「ぎぃゃ――――っ! キモいわ! 過去の男達がしでかした不埒な悪行三昧の数々を怒濤の如く一気に言うな! 走馬燈みたくぜーんぶ思い出しちゃうじゃないっ!」
可愛さの欠片もない重低音な雄叫びを上げながら、『いやだ――っ』と、半泣きのまま頭を抱えて振りまくる。