夜明けのコーヒーには 早すぎる
 「ええ」ユリさんは、戸惑うぼくを、射竦めるように見つめる。「先生の所へ行ってあげて下さい」
 「えっ、いやしかし、ヒロコが何かを悩んでいるのなら、そっとしておくべきなのでは―」
 「大丈夫です」ユリさんは破顔一笑する。「きっと、カドカワさんなら」

 喫茶店でユリさんに強引に約束させられ、ぼくはヒロコのアパートへと向かっていた。両手には、日本酒の瓶と、摘まみの材料が入ったスーパーのビニール袋を提げている。中々に重い。ヒロコの部屋に着く頃には、すっかり息が上がっていた。
 呼吸を整え、呼び鈴を鳴らすと、「はーい」という、気の抜けた返事が返ってきた。ゆっくりと、こちらに歩いてくる気配がする。
 「わっ、か、カドちゃん!」
 魚眼レンズ越しに、ぼくと判ったのだろう。何やら、ばたばたとしているようだ。急に押し掛けたのだから、無理もない。やはり迷惑だったのだろうか。しかし、ユリさんに言われてのこととはいえ、ぼく自身、ヒロコが気になるのも事実だ。
 「どうしたの?急に」
 ヒロコが戸を開けて言った。
 「いえ、特に用事があるという訳ではないのですが、この頃「ロンド」に来られないので、少し気になりまして」
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