自己愛ラブレター



「あ、」
小さく、口から溢れた声。
次の絵を描こうとスケッチブックを捲ると、そこに白の紙は無く、灰色が見えた。


「しょうがないか……」
私は上着をはおり、財布を手にする。
キッチンにいる母に、出掛けてくることを伝えて家を出た。
家から一番近い文具店に行き、今使っているのと同じスケッチブックを見付ける。
ついでに、と色鉛筆も数本購入し、文具店を後にした。
店を出ると、店内の明るさがまぶしいほどに真っ暗だった。
日暮れの時間がだんだん早くなって、頬を撫でる風がだんだん冷たく痛いものになっていく。


早く帰ろうと、早足で家までの距離を急ぐ。
信号待ちでは、そういえば薫さんは今日泊まるのかな、なんて考え事をして、時間を潰していた。

家に帰ると、美味しそうな匂いがした。
楽しそうな話し声も聞こえる。
リビングに入ると、談笑しながら夕飯を食べている3人がいた。
私に気づくなり母が、
「あ、お帰りなさい。帰るの遅いから、ご飯、先に食べてるからね」
と言った。
早く帰るように、とメールをしたと言われたが、私はそれなりに急いだし、第一、メールなんて見ている時間はなかった。
今更ながらにメールを開き、内容を確認するも、家に帰った今では既に遅かった。


私はとりあえず荷物を置きに自室に。
スケッチブックが入った袋を前のスケッチブックの上に置くと、夕飯に参加した。

「いただきます」
私が手を合わせると、薫さんが「召し上がれ」と冗談じみたように言った。
視界がとらえた数本の缶を見る限り、成人組はお酒が入っているのだろう。
いつもより遠慮が無い薫さんを見ていると、お酒にはあまり強くはなさそうだった。
逆に、こちらの家族はお酒には強く、次々に空き缶が出てくる。
「ちょっと、お母さん、飲み過ぎ。」
「いいじゃない、今日くらい。ねぇ?」
いい歳して首を傾げるという可愛らしい仕草をしてくる母に、限度を考えて、と注意を促す。


……そんな成人組に、私も、もうすぐ仲間入りするなんて。

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