自己愛ラブレター



そうだ、そうだ。
きっとそうだったんだ。


私は色を塗る手を止めた。
「あー、もう。これだよ、わかっちゃったよ、多分」
大きく独り言を言いながら、体重を全て椅子に預ける。
その時扉が開く音がした。
「お姉ちゃん、図鑑知らない?」
そちらを見ると、お風呂上がりの姿の妹。
「あ、ごめん、借りてた」
そういって妹に図鑑を手渡すと、妹は満足そうに受け取る。
その後、スケッチブックに描かれた花に目をやった。
「相変わらず、絵、上手いね。それ、アネモネでしょ?」
「正解。よくわかったね、色無いのに」
「そこはお姉ちゃんの技量じゃない?」
「そうなら嬉しいけどね。……ありがと」
妹に褒められ少し照れ臭い。
それじゃあ、と妹が部屋を出ると、階段を降りる音が聞こえた。


私は自室を出ると、未だに当時のままのお父さんの部屋に行った。
あまり私達家族ですら出入りはしないが、時々掃除のために母が入るために綺麗ではあった。
私は部屋のあちこちを探し、ある物を見つけ、手に取った。

それは、日記帳であった。
お父さんが入院してから毎日のように書き続けていた日記。
どんな内容であるのか、読むのが怖くて私は読んでいなかった。
それでも、きちんと受け止めるべき、父の生、父の死、────
私はそこに広がるお父さんの想いを読んだ。


内容はひどく痛々しいものだった。
死を宣告された辛さ、病気での身体の不自由さ、家族と居れない寂しさ……
そして、死への恐怖。
苦しんで、哀しんで、それでも生きなければならない父……
身体が悪くなっていくことの現れか、だんだんと字がぐしゃぐしゃになり、読みにくくなっていく。
そして、前日。
11月12日が、最後のページとなっていた。

私は、泣いた。
今になって、後悔した。
もっと出来ることがあった、お父さんに寂しい思いをさせずにすんだ、もっともっと……一緒にいてあげられたのに──!
お父さんは、毎日、日記の最後に書いていた。

“もっと一緒にいたかった”


でも、私はその日記が終わりではないことを願っていた。
泣いているせいで震える指をどうにか使い、ぱらぱらとページを捲る。
そして何かを見付けた私は、嬉しそうに声を漏らした。

「あった」

私はリビングにいるであろうみんなのところに向かった。
そして、告げた。


「手紙の意味が、わかっちゃったよ」

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