あたし、猫かぶってます。


 「いつから、起きていたの。」


 「結衣が俺に触れたあたりから、」

 ーーー聞かれていた。しかも、早瀬本人に。


 「なぁ、ごめんってどういうこと?結衣はどういう意味で俺に謝ったの?」

 強引じゃない、気を遣ったような言い方の早瀬に、なんだかすごく距離を感じた。いつの間にか、こんなに遠くなっていたんだ。


 「…盗み聞きなんて、最低だよ。」

 こんなの、屁理屈だ。そんなこと分かっているけど、何かに話題を逸らせたくて咄嗟に出た言葉。


 「最低でも、いいよ。」

 傷付いたように笑う早瀬を見て、自分の発した言葉の意味を思い知らされた。


 「でも。俺が起きたらまた結衣は逃げるだろ?ーーなぁ、答えろよ。結衣は俺が嫌いなの?」

 真っ直ぐ見つめられる。目が逸らせない。



 《嫌い》って言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない。言わなきゃいけないのに、言わなきゃいけないのに、ーーー言えない。


 「また泣くの?マジずりぃ…、」

 そう言いながら苦しそうに笑う早瀬。気付けばあたしの目には涙が溢れていて。


 「ーー答えてよ、結衣。…十秒以内に答えなきゃキスすんぞ、」

 優しくあたしの涙を拭う早瀬が、冗談まじりに笑いながら口を開く。


 「じゅう、きゅう、はち、……」 

 早瀬、早瀬、早瀬。好きなんだよ、やっぱり。早瀬を見るだけで、こんなにキュウって胸が締め付けられるんだよ、あたし。


 だから、言わなきゃ。

 「に、いち、」










 「待って、言うちゃんと言うから…っ!!」

 ゆっくりあたしに近付いてくる早瀬の顔がピタリと止まる。


 「嫌いじゃない、あたしだって嫌いになれない。」


 「むしろあたしは早瀬が好きだから、もう居たくない。奏多を不安にさせたくないの。もう、早瀬に揺れたくない。…お願い、ほっといて。嫌いになって。突き放して。」

 驚いた表情の早瀬が、切なそうに顔を歪めるまでの時間が、すごくすごく長く感じた。





 「待って。そんなの、俺が無理だし。却下。」

 沈黙を破るように早瀬はそう言ってーー


 「気付いてんだろ、俺の気持ち。」

 掴んでいたあたしの腕を強く強く、引っ張った。



< 175 / 282 >

この作品をシェア

pagetop