花嫁指南学校

2

「それってもしかしてもしかすると、谷野菫、さん?」

 目を丸くしている知人に恵梨沙はこくりとうなずく。志穂美の脳裏に清楚で可憐な菫の姿が浮かんでくる。さっきの話に出てきた地方出身の歯医者とは優二のことだったのか。


「驚いたわ。どおりであいつ……」

 志穂美の視線はカウンターの奥をさ迷っている。驚きの表情を浮かべて言葉を切る志穂美に恵梨沙がたずねる。

「どうかしたんですか」

「どおりで優二のやつが近寄ってきたわけだ。はーん、なるほどねえ」

「『優二』って例の元彼氏ですよね。もしかしてその人、最近志穂美さんの所に戻ってきたんですか!」

 今度は恵梨沙が高い声を上げる。傍らにいる来宮も「おや」と言いたげな顔をする。

「うん。先日、あいつがいきなりメールをよこしてきて『よりを戻さないか』って言ってきたのよ。『俺のしたことは間違いだった。菫とはもう別れた。彼女のことなんてもう何とも思っていない。俺にとって一番大事なのは君だということに気づいた』という内容を数十行に渡って書き連ねていたわ」

「何ですって! 志穂美さんを捨てたくせに、婚約が破談になった途端手のひらを返したように戻ってくるなんて、なんて厚かましい人なんでしょう! よく志穂美さんにそんなことが言えるわね! 信じられないわ!」

 恵梨沙はその美しい顔を怒りで歪める。

「もちろん断ったでしょう? 『復縁なんて百年早いわ、この節操無しが!』って言ってやったでしょう?」

「あ、それ、いいセリフね」

 志穂美は他人事のように楽しげに言う。

「まさか、その人と会うわけじゃ……」

「うん。今度、二人でよく行っていたお店でご飯を食べようかと思っているの。まずあいつに話をさせてやろうかなって」

「信じられない! 私、志穂美さんの考えることがよくわかりません。あなたには女の意地ってものはないんですか」
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